EP70:清丸の事件簿「静穏の弦音(せいおんのつるおと)」 その2
兄さまは少し眉を上げ興味を惹かれたように
「ほぉ。どういった経緯でその姫の元で見つかったんですか?」
河堀は楽しそうに笑って
「いいえ!私も詳しいことは知らないのです。ただ、あの五弦琵琶は源多様の手元にあるときから呪われた逸品だったそうで、源多様も本当は手放したがっていたとか。」
兄さまは険しい顔で
「例えばどんな呪いがあったのですか?」
河堀も険しい顔で
「なんでも、源多様の妻がそれを弾き始めるとすぐに夢中になり、昼夜を分かたず狂ったように弾き続け、ついには体調を壊し、以後すっかり病がちになったとか。」
・・・何かに没頭すると嫌な事や煩わしいことを忘れられるものねぇ。源多様の妻もそーゆーこと?でも体調を壊すぐらい弾き続けるってよっぽどね。何か『よっぽど』嫌な事があったのね。たとえば夫の浮気とか、夫の女遊びとか、夫の愛人通いとか、夫の色狂いとか・・・・全部同じだけど。
「そもそも源多様はどこからそのいわくつきの五弦琵琶を入手したんですか?」
と私の殺気に満ちたまなざしには気づいていない兄さまが訊ねると河堀は少し声をひそめ
「それが、源多様が恋人のさる高貴なお方から譲り受けた大変貴重な品らしいのです。」
・・・夫の恋人!?からの贈り物を狂ったように弾き続ける妻って、何だかどちらの怨念もこもっていそうな五弦琵琶!
妻はそれを弾いている間、夫の恋人がチラチラと頭をよぎるでしょうし、贈ったほうのさる高貴な恋人も、妻が弾いてると思うと悔しくてイライラするでしょうしね。
兄さまが平然と
「では源多様の恋人のその高貴なお方の生霊がその五弦琵琶について源多様の妻を呪ったのですね。」
と言うので、私はビックリした。
だって、兄さまが呪いとか迷信とかの実体も確かな証拠もないものを本当に信じているとは思わなかったから。
この前も『金縛りにあったけど、脳の酸欠が原因だと思って深呼吸したら金縛りがとけた!』と自慢してたくらい超現実主義者のはず。
河堀がニヤリと笑い
「ね?興味がわいたでしょう?五弦琵琶の今の持ち主である皇族の姫には、あなたが伺う事を伝えておきましょう。詳しい経緯を彼女から聞くといいですよ。彼女は両親が死んで寂しい暮らしをしていらっしゃるようですから。」
兄さまはちょっと考えて何かを思いついたようで
「そうですね。ではそうしましょう」
と言った。
河堀が帰った後、私は兄さまにできるだけ平静を装って
「十年前の源多様の五弦琵琶盗難事件を解決するために皇族の姫に会いに行くの?それとも呪いの原因を探るため?それとも・・・その美しい皇族の姫に会いたいの?」
と聞くと、兄さまは私の目をじっと見て心の底から楽しんでいるようにニッコリと笑い
「全部だよ。フフフ。気になるかい?」
私が黙ってウンウンと素早く頷くと、兄さまがニヤニヤしながら意地悪く
「どれが気になるの?盗難事件が?呪いの原因が?美しい皇族の姫に会う事が?」
・・・ムッ!私が浮気の心配をしてるとでもっ?!してるけど。
「の、呪いの原因よ!それと盗難事件の経緯もね!」
と言い放った。
もちろん私はお目付け役として、水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿の清丸で兄さまに付いていくことにした。
兄さまはそれを別に嫌がりもせず楽しそうにニヤニヤしてたけど。
呪いの五弦琵琶をもちろん見てみたいし、美しい皇族の姫に兄さまが一目ぼれしないようにちゃんと見張らないと!
(その3へつづく)