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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見と時平の事件譚(推理・ミステリー・恋愛)

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EP69:清丸の事件簿「静穏の弦音(せいおんのつるおと)」 その1

【あらすじ:十年前に盗難に遭った、当時の右大臣の五弦琵琶は、音を聞くと病になるという呪いの楽器だった。現在の五弦琵琶の持ち主である高貴な美人の姫は時平様を誘惑するけど、私は一体どうすればいいの?時平様は今日も感覚を研ぎ澄まし、呪いの謎と黒幕の企みを解き明かす。】

ある日、里帰りと称して大納言(にいさま)邸に滞在中、河堀(かわほり)という貴族が兄さまを訪ねてやってきた。


この屋敷はもちろん私の実家ではなく、椛更衣(もみじこうい)のお姉さまの源年子(みなもととしこ)様が北の方である兄さまのお屋敷。


私は普段は椛更衣(もみじこうい)のおつきの女房・伊予として宮中に出仕(しゅっし)しているけど、里帰りするときは大納言邸へくることになっている。


私は侍女として白湯と菓子を甲斐甲斐(かいがい)しく給仕してるけど、目的は二人の話を聞くためだったりするので、給仕し終わると几帳の陰でじっと聞き耳を立てている。


政治の話はつまらないけど、たまに『沓脱(くつぬぎ)(くつ)をぬぎっぱなしで間男(まおとこ)してるのがバレて(くつ)を隠され裸足で帰るハメになったイケメン貴族の話』とか面白いゴシップもあるし。


河堀(かわほり)という貴族は三十半ばで少し耳の大きくて尖っているのが特徴の、目が小さいけど黒目がちでキョロキョロよく動くという印象の人。


河堀(かわほり)が甲高くてしゃがれた声で


「これは、大納言殿のお耳に入れようか悩んだのですが・・・」


勿体(もったい)つけるように言うと、兄さまが()()無く


「何でしょう?言いたいことがあるならどうぞ」


河堀(かわほり)が困った顔で少し微笑み


「いえ、菅公(かんこう)(権大納言兼右近衛大将・菅原道真のこと)の腹心の貴族の一人がね、あなたのことを『鳥無き里の蝙蝠(こうもり)』だと言っていましてね。」


私の知識では『鳥無き里の蝙蝠(こうもり)』とは『強者がいない場所でのみ幅を利かせる凡愚』という意味。


私はムッと腹が立って、「どういう意味よ!」ともう少しで声をあげそうになったが、隠れている手前じっと我慢。


もし本当なら菅公(かんこう)の腹心は明らかに兄さまを揶揄(やゆ)してるし、喧嘩(ケンカ)売ってる!若くして(いち)大臣(おとど)太政官(だいじょうかん)で一番位が高い大臣)に(のぼ)()めたことが気に食わないのかしら?とムカムカが止まらない。


確かに兄さまは若いから菅公(かんこう)ほどの知識もないし、学問にも通じてないし、漢詩の才能もないし、実直さもないかもしれないっ!


菅公(かんこう)が低い身分から実力だけで今の地位に上り詰めたのに比べて、兄さまは関白殿の長男という特権のおかげで出世できたという意見には反論できないけどっ!


・・・・アレ?やっぱり『鳥無き里の蝙蝠(こうもり)』で正解なの?と私が複雑な顔をしていると、兄さまが河堀(かわほり)に向かって


「あなたはそれを聞いてどう思ったんですか?」


河堀(かわほり)は心から信頼しているというような微笑みを浮かべ


「それは!大納言殿がいかに政治的手腕に優れてらっしゃるか、帝から信頼されていらっしゃるか、一の大臣(おとど)として立派に務めてらっしゃるかを反論しておきました。」


兄さまは河堀(かわほり)をチラリと横目でみて喜ぶそぶりもなく


「ありがとうございます。わたしのことを『鳥無き里の蝙蝠(こうもり)』と言ったのは誰ですか?」


河堀(かわほり)は思い出そうとして


「確か、藤原玄象(ふじわらげんぞう)だったと思います。」


・・・藤原玄象(ふじわらげんぞう)ね!名前を覚えたわ!今度宮中で会う機会があれば、袖に引っかかったフリをして烏帽子(えぼし)を落として、(もとどり)を露出させ皆の前で恥をかかせてやるわ!とほくそ笑んだ。


兄さまはフウンという顔で


藤原玄象(ふじわらげんぞう)と言えば、琵琶の名手だと聞いたことがありますが。」


河堀(かわほり)はウムと頷いて


「私も演奏を聞いたことはありませんがその噂は聞きました。」


・・・そういえば琵琶とか琴とか、あのゆったりと間延びした曲を聴くと演奏者には悪いけどすぐ眠くなるのよね~~。どうしてかしら?


なぜ和音を駆使して速いテンポでかき鳴らして高揚感を煽らないのかしら?


あのポツリポツリと単音がゆっくり鳴る曲なら、自分が弾いてても眠くなる自信があるわっ!


 兄さまが白湯をすすり『さて』と扇で顎を軽くたたき


「で、今日は何の御用ですか?」


河堀(かわほり)はやっと本題に入るようで、真面目な顔つきになり


「実は、十年ほど前(889年)に、時の右大臣・源多(みなもとのまさる)様の秘蔵の五弦琵琶が盗難にあったでしょう?」


兄さまが少し思い出そうとして


「あったように思います。」


「あの五弦琵琶が最近ある皇族の姫の屋敷で見つかったそうです。最近知り合ったばかりでね、大変美しい方ですよ。」


・・・私が六歳の頃ね。


『右大臣の五弦琵琶盗難事件』なら、印章屋(ハンコや)が出版してる流言飛語(ゴシップ)紙を読み(あさ)っていた竹丸から聞いた気がするわ。


東大寺の正倉院宝庫にある螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんごげんびわ)はその希少性と装飾の華麗さから有名だけど、それくらい美しい物なら、絶対見てみたい!でもどうしてある皇族の姫の屋敷で見つかったのかしら?


(その2へつづく)

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