EP68:清丸の事件簿「太古の九頭龍王(いにしえのくずりゅうおう)」 その6
その夜中、私は少し気分がよくなったので、体を起こしてみると、自分の手首や足首やお腹に青黒いうっ血と、全身に切り傷や打ち身がたくさんあることに気づいた。
少し動かすと全身に痛みが走り、自分が長い間、木に括り付けられていたという兄さまの話が本当だったんだなと実感した。
まだムカムカと吐き気もあるが、喉は渇くし安静にしていれば大丈夫な気がした。
そばに座ってウトウトしていた竹丸に
「竹丸!水が飲みたいわ!」
と言って揺するとハッと竹丸が起き、嬉しそうな顔をして
「姫!目が覚めたんですね!よかった~~!若殿に知らせてきます!あと、白湯持ってきますね!」
少しすると兄さまの声で
「竹丸!浄見を一人にするなと言っただろう!」
と聞こえ、兄さまが白湯を持ってきてくれた。
私は白湯を飲みながら嬉しくなってニッコリと微笑み
「もう大丈夫よ。兄さま。ありがとうございました。」
と頭を下げた。
兄さまが私の肩を抱き寄せ、私をギュッと胸に抱きしめ
「これからは夜は抱いて寝ることにする。二度とこんなことが無いように。」
と怒った声で言うので私はへへへと笑い
「それじゃあゆっくり眠れないわ。」
と言いつつ、なぜだかわからないけどポロポロと涙をこぼしていた。
兄さまに抱きしめられてやっと安全な場所に帰れたんだと実感した。
翌朝、一番に着替えを済ませ、朝餉も全~~~部、平らげた私は
「清丸!完全復活っ!」
を宣言した。
さぁ!兄さまの謎解きの時間よ!と意気込んでいると、宮司と戸火毛を集めた兄さまが、
「あなたの計画が成功し、昨夜、伊予がもし祭りの巫女として男たちの慰みモノになっていたとしたら、私は今頃あなたたちを切り捨てていたでしょう。・・・伊予が無事だったことに感謝するんだな。」
と宮司をにらんだ。
私は『えぇ?!慰み者?!』と聞いて自分の身に迫っていた危険にゾッとし、今更ながら冷や汗をかいた。
宮司が焦って
「い、一体何のことでしょう?誘拐?伊予殿が?祭りの巫女にされたんですか?確かあれは村の乙女から選ばれるハズですが、何か手違いがあったんですか?」
と言うので、兄さまが殺気を含んだ目で
「あなた方の野蛮な風習はどうでもいいですが、伊予をその祭りの巫女にしろとあなたに命じたのは、京にいる黒幕ですね?奴は何と言ったんですか?伊予が邪魔だから祭りの巫女にしてしまえばショックを受けて死ぬだろうと言いましたか?同時に、私にもショックを与え政権の座から降ろすことができると言いましたか?」
宮司が慌てて横に首をブンブンとふり
「いいえ!『伊予を祭りの巫女にして二度と京に戻れないようにしろ』としか聞いてません!あなたのことなんて何も知りません!政権の座?何のことでしょう?」
と吐いた。
兄さまが睨みつけながら口の端だけで笑い
「では、私から説明してやろう。京にいる黒幕は唐花殿女御の女房・敦賀だな?それと、敦賀と話していた男。おそらく公卿の誰かだ。
女房・敦賀の出身地、越前国敦賀といえば大陸の国・呉越との貿易で日本からは木材のほか、砂金、硫黄、刀、扇などや螺鈿・蒔絵など細工物を輸出し、大陸からは書籍(特に仏典)、陶磁器、絹織物、香料、そして医薬品が重要な輸入品だ。
その男と敦賀とお前はグルになって大陸の呉越との貿易で財を成そうとした。
ただし、日本で出土した竜骨(恐竜の化石)を呉越からはるばる運んだ竜骨と偽り漢方薬として日本で高値で売ることで儲けようとした。それを盗み聞きした伊予を排除しようと敦賀に持ち掛けられて、戸火毛が誘拐して祭りの巫女にした。
たかが竜骨の産地偽装程度のことで伊予を死ぬほど危ない目に合わせたことは許せん。検非違使庁に突き出してもお前たちは大した刑罰を受けないだろうから、私が自分で罰してやる!」
とニヤリと凄むと、戸火毛は一目散に逃げ出した。
宮司は我に返ったらしく、
「わ、私は腐ってもこの神社の宮司です!皇室の信頼も厚い、ほら!帝から直々の親書を賜ったでしょう!そ、その私に何をする気ですか?」
兄さまはもっと口をゆがめニヤリと
「腕一本ずつで許してやる。」
と太刀に手をかけるので、私は脅しじゃないの?本気なの!?と焦って思わず兄さまに後ろからしがみつき
「兄さま!ダメ!そんなことをすれば兄さまの名声に傷がつきます!私のためならやめてっ!人が痛がるのを見たくないわ!」
と必死で止めた。
兄さまはフンとして
「伊予が優しくてよかったな。」
と捨て台詞を吐いた。
竹丸が突拍子もなく
「このあたりで竜骨が出土するんですか?へぇ~~!凄いですね!見てみたいです!」
兄さまは
「そうだ。帝のご命令も竜骨を一つ持って帰るようにとの事だった。宮司、後でその場所を案内してくれ。私も自分で採掘して持って帰る。」
宮司は力なく頷いた。
結局、帝が兄さまに越前国行を命じたのは唐花殿女御に『竜骨が見たい!』とせがまれ、『大納言に取りに行かせてはどうですか?仕事が早いし』とそそのかされてのことだった。
その唐花殿女御をそそのかしたのがおつきの女房の敦賀だった。
竜骨の産地偽装をして儲けようと企んだ公卿の男は敦賀が口を割ればわかるだろうけど、今のところ不明。
それに日本産を唐渡として産地偽装しなくても、本物の竜骨なのだから、堂々と日本産竜骨として売ればよかったのに?と不満に思った。
今回、私は痛い思いをして、秋祭りも見れず(ちょっと怖いお祭りだけど)、竜骨は・・・兄さまが掘ってもいいのは出なかったし(葉っぱの化石?ぐらいしか)、でも命が助かっただけよかったとしよう!と前向きに考えた。
私が
「この地域一帯を潤す『九頭竜川』の近くで竜骨が出る!なんて不思議な偶然の一致もあるものね!まるで九頭竜王の骨ね?」
というと兄さまがニッコリと笑って
「いやいや、そもそもその昔、竜骨が川で見つかったから黒龍川と名付けたんじゃないか?」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
10月15日は『化石の日』らしいですね。
そんな日があることも知りませんでしたが、龍王を祭る神社は全国に多しといえども、福井県のこの神社ほど本物の竜(恐竜)の近くにある神社はないですよね!