EP66:清丸の事件簿「太古の九頭龍王(いにしえのくずりゅうおう)」 その4
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宇多帝の姫(浄見のこと)はこの日の夜、忽然と姿を消したので以降の記録は私・竹丸が記すことにする。
この日の夜、つまり昨夜、宇多帝の姫と若殿が行水から帰ってきた後、同じ宿坊で我々四人は並んで褥に横になって寝たのだが、一番端で遣戸近くで寝た宇多帝の姫は朝になって、私が目を覚ますと姿がそこになかった。
厠にでもいってるのだろうとはじめは心配しなかった若殿(時平のこと)も、朝餉を運んできた戸火毛に
「清丸の姿を見かけなかったか?」
と聞き戸火毛が首を横にふり
「いいえ。昨日の夜、宿坊まであなたと送ってきて以来、姿を見ていません。」
というのを聞いて顔色を変えた。
若殿は戸火毛と他の使用人たちと私と綿丸に命じ、すべての宿坊と境内を探させたが、宇多帝の姫の姿はどこにもなかった。
若殿が真っ青な顔になって小さな声でブツブツと
「なぜだ?寝ている間にさらわれたんだ。なぜ目が覚めなかった?隣にいたのに!!夕餉に眠り薬でも盛られていたのか?くそっ・・・どこにいるんだ!」
と頭を抱えて独り言をつぶやき、尋常な様子ではなかった。
・・・私はいつもお腹いっぱいになれば五秒でぐっすり眠り込んでしまい、簡単には目覚めないので、隣で鬼に喰われて泣き叫んでいる人がいても気づかない自信がある!
ので夕餉に眠り薬が入っていたかどうかは知る由もない。
そうこうしているうちに夕方になり、下の集落から秋祭りの笛や太鼓の音が聞こえてきた。
もちろん我々は秋祭りどころではなかったが、綿丸が
「もしかしたら、祭りに集まっている人々の中に清丸を見かけた人がいるかもしれません!話を聞いてみましょう!」
と言うので、祭りの人混みを目指した。
人の背丈より高く盛り上がった九頭竜川の堤防を背に平泉寺白山神社のある白山を眺めると、その間には稲刈りが終わった田んぼが見渡す限り並んで広がっている。
その畦道を山車と鳴り物が練り歩いた。
人々は所々で足を止め、その行列を眺めていた。
三十間(約54m)ほど先にある、その山車の全貌はまだうっすらとしか見えないが、宮司が言ったように、とぐろを巻く龍が張リボテで作られており、その中心には切っ先を上に向けた鉾を模った木が立てられていた。
鉾の先端部分に、何かが括り付けられているように見えた私は思わず
「若殿!山車の鉾の先に人が括り付けられていませんか?」
若殿が目を細めて山車の先端を見つめ
「確かに、人のように見える。まさか!竹丸!綿丸!山車のそばに行くぞ!」
我々三人は急いで畦道を駆けぬけ、山車の後ろに近づいた。
その山車は近くで見ると、重心の低い四輪の荷車の上に、竹ひごに紙を貼ってつくる張リボテでとぐろに巻いた龍を作ったものだった。
直径一尺(約30㎝)ぐらいの太さの龍が、一間(約1.8m)x二間(約3.6m)ぐらいの荷車の上にクルクルと巻いておかれており、その中心には鉾を模った木が立てられていた。
龍の顔がある二間(3.6m)ぐらいの高さの部分に巫女の恰好をした女性が足や胸や腹で鉾に括り付けられていた。
龍のウロコの一枚一枚は黒く塗られ金で縁取られ、腹は白くて赤い縞があり、髭と鬣と角は金色に輝いて目をギョロリとさせ、ガッと開けた口には牙がびっしりと並んでいる。
その龍があたかも噛みつこうとしているような口先に括り付けられている女性はぐったりと俯いて意識が無いように見えた。
となりで若殿がゴクリと息をのむ音が聞こえ
「浄見・・・・!なぜっ!誰がやったんだっ!」
と言うので、目を凝らしてよく見ると確かに宇多帝の姫だった。
活気づいた十人前後の青年たちが大きな掛け声をあげながら、息を合わせてリズムよくその山車を曳いていた。
青年たちの全身から汗が噴き出て、黒い肌がテラテラと光っていた。
若殿は周りをキョロキョロと見まわし、近くで見物していた三十前後と思われる男性の肩をつかみグイと引き寄せ
「鉾に括り付けられている女性は大丈夫なのかっ?あの山車はどこへいく?この後、彼女はどうなる?」
とすごい剣幕でまくし立てるのでその男性は驚いたように
「お前はよそ者か?あの巫女は神の依り代だ。神が乗り移ったら、曳手の男たちが巫女と交わって、神の力を分けてもらうんだ。そうすれば一生、老いないし健康で強くたくましくいられる。」
(その5へつづく)