EP64:清丸の事件簿「太古の九頭龍王(いにしえのくずりゅうおう)」 その2
数日後、私の房で兄さまと過ごしていると、兄さまが
「『清丸』も一緒に越前国に行くかい?」
と聞くので、私はテンションが上がって
「ええ。もちろん!喜んで!兄さまと一緒に旅行なんて!行きたいわ!」
とキラキラした目で頷くと、兄さまが少し考えこんで
「でも不思議な事に、ある女御つきの女房から、伊予も一緒に連れて行けばいいと勧められたんだ。」
私はピンときて
「え~~と、その女房は、兄さまの恋人のひとり?名前は?」
と少し口をとんがらせて言うと、兄さまは焦った顔をしたが、
「唐花殿女御の女房で敦賀という名前だよ。一回だけね、そういうことがあったんだよ。浄見と付き合う前だよもちろん!」
と早口で言い訳した。
イチイチ嫉妬しても仕方がないので、何も聞かないでおこう!といつも思うのだけど、兄さまの恋人は今後も限りなく出てきそうなのでウンザリしているのも確か。
・・・それに『越前国に私も連れて行けとその女房の敦賀に勧められた』というなら、最近も会って話したということでしょう?怪しいわ。
と頬を膨らませて一応怒っているという意思表示をしていると、兄さまが不思議そうな顔で
「それにしても、帝はなぜ私を越前国に行かせたいのだろう?平泉寺白山神社から何かを受け取るという用事なら誰でもいいはずだし、治水工事の視察はもっと適任者がいるはずだ。何か理由があって私を追い払いたいのか?」
と考え込んでいる。
でも、どうして兄さまの越前国行が唐花殿女御の女房・敦賀にまで知れ渡っているんだろう?兄さまから話題にしたのかしら?やっぱりまだ付き合っているのかしら?と疑いが拭えなかった。
「わ~~い!旅行だ!」
なんて気軽に喜んだのがバカだった。
兄さまが帝の親書を持っていく先の平泉寺白山神社までの道のりは全部で約四十六里(約181㎞)で、これを歩いていくので、一日当たり八里(約32㎞)の速さで歩くとしても六日はかかる。
途中に峠もあるのでもちろん計算通りにはいかない。
後宮の中をウロウロ歩いたことしかない私の体力で最後まで歩くことができるのか?は疑問だが、とりあえず出発することにした。
水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿で笠を被って荷物を持った私と、兄さま、に加えて従者の竹丸と綿丸も一緒に行くことになった。
旅はきっと楽しい!と行く前は思ったんだけど、実際は延々と続く道をただひたすら歩く。
山中に差し掛かると『木々に囲まれて空気がおいしい』とか、水田地帯を歩くと、『稲穂が金色に色づいて黄金の海みたいでキレイだなぁ~~』とか思うけど、楽しんで歩けるのは最初だけ。
一日目に和邇の宿場までやっとたどり着いた時は、足の痛みがひどく、ふくらはぎと足首は少し動かしても痛むほどで、足の裏の豆がつぶれ血が襪(靴下)に滲んだ。
宿で兄さまが
「足を出してごらん」
といって、お湯で足を洗ってくれたけど
「痛っ!!」
と半べそで痛みをこらえることしかできず、傷に効くヨモギの葉っぱを張り付けてくれたり、足首をほぐしてくれたり面倒を見てくれたのに
「ありがとう。」
ということしかできなかったのが情けなかった。
完全に足手まといだし、私のせいで迷惑をかけてはいけない!と気合を入れなおし二日目に臨んだ。
・・・が二日目には足の痛みがひどくなりもう一歩も歩けない!となって北小松の宿場で一泊することになった。
鯖街道(若狭国から京都を結ぶ街道の総称で、主に魚介類を京都へ運搬するための物流ルートであったが、最も割合が高かったのが鯖であったことから、鯖街道と呼ばれるようになった)の宿場なので、魚介類の豊富な料理はおいしくて幸せだったけど、足の痛みで一歩も動けない私は皆の迷惑を考えて小さくなって大人しくしていた。
でも、人間とは強くなるもので三日目になると、私の足の裏の皮は厚くなり、ふくらはぎや膝・足首の関節もあまり痛みを感じないようになった。
正確に言えば痛いけど、痛みを無視できるようになった。
『足が棒になる』というけど、まさしく棒には神経がないから痛みがない!という無敵モードで、もしかして感覚をマヒさせることを覚えただけ?
あと、旅は楽しむものじゃない!ただの苦行だ!と悟った。
とにかく、
「今までは足手まといになってすみませんでした!今日からは頑張ります!」
とみんなに頭を下げたけど、兄さまはずっとニコニコしてたし、竹丸も綿丸も気にしてないみたいだった。
兄さまは最初からずっと鼻歌まじりで歩いて
「いつかは着くから、焦らなくてもいいんじゃない?」
と旅を楽しんでいたし、竹丸は
「魚介類の美味しいモノをもっと食べたいです!もっとゆっくり宿場をめぐりましょう!」
と歩くスピードを緩めようとする。
綿丸は
「このへんの山には狸がいるんですよね?俺一回、現実で狸に化かされてみたいっす!」
とキョロキョロよそ見ばかりして歩くし、みんな完全に浮かれていた。
私が一人で
「早く歩かないと六日で目的地には着かないわよ!」
と焦って急かした。
敦賀からは木ノ芽峠とか難所が続いたり、綿丸が
「ウリボーを見た!」
と言って山の脇道に入ろうとするのを引きとめたり、色々大変だったけど何とか六日目に予定通り越前国、大野郡にある平泉寺白山神社についた。ふう~~。
(その3へつづく)