EP63:清丸の事件簿「太古の九頭龍王(いにしえのくずりゅうおう)」 その1
【あらすじ:ある女房と公卿の内緒話を盗み聞きしてしまった私は、せっかくの旅行先の越前国で命を狙われるハメになった。豊穣を祝う秋祭りは熱狂的でワクワクするけど、荒れた九頭竜川の波濤のようにどこか狂気じみている。時平様は私を無事救出できるのか?今日も心配で青ざめる。】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、私・浄見は椛更衣のお使いで、女房・伊予として、唐花殿の唐花殿女御に反物をお届けに上がった。
唐花殿に着いて、御簾越しに中の様子を窺い話しかけようとすると、御簾の中から女性の声が聞こえた。
「まぁ、それは好都合ですわね。じゃあ偽物を本物と偽って売ればいいのですわ!」
「・・・うむ。ではそう致すとしよう。」
「しっ!・・・誰っ?誰かそこにいるのっ?」
私はギクッとして慌てて
「雷鳴壺の女房、伊予と申します。椛更衣より唐花殿女御に贈り物をお届けしたく参りました。」
と言うと、御簾の中からさっきの女性がため息交じりで
「あぁ・・・。わかりました。そこに置いておいてください。唐花殿女御にはわたくしから伝えます。下がってくださいな。」
と少し苛立った声がした。
私は、『聞いてはいけないものを聞いたのかしら?』とちょっと怖くなってすぐに雷鳴壺に帰った。
そんなことがあった数日後、帝にお供して大納言である兄さまが雷鳴壺に椛更衣を訪ねたので私も白湯と菓子を給仕した後、几帳の陰で話を聞く。
帝が
「大納言、確か十年ほど前(889年)、『平泉寺の白山権現が衆徒の前に示現され、その尊像を川に浮かばせたところ、一身九頭の竜が現れ、尊像を頂くように流れに下って、黒龍大明神の対岸に着かれた』ということがあっただろう?」
とおっしゃると、兄さまは思い出すようにして
「それ以来、その黒龍川を九頭竜川と呼ぶようになったんですね。確か、雄略天皇21年(477年)に越前国(現在の福井県のうち南部 (若狭国)を除く部分)の北陸随一の大河である黒龍川(後の九頭竜川)の治水工事が行われたときにその黒龍大明神は創祀されたのでしたね。」
(*作者注:『九頭竜川は急峻な地形の上に上流の奥越地域は多雨地帯であること、また中流部の鳴鹿地区から扇状地となり、放射状に流れが変遷していたことから、有史以来氾濫を繰り返し「崩れ川」と呼ばれるほどであった。その一方、有数の穀倉地帯でもあり、古代より治水・利水のための開発が繰り返し行われてきた。古代には福井平野は大きな湖であり、洪水のたびに水害が起きていた。5世紀から6世紀に掛けて越前を支配していた男大迹王(継体天皇)は九頭竜川河口を広くして湖の水を海に出やすくしたといわれている。』)
私が思うにつまり、急峻な地形の上流の山岳地帯に雨が多く降ると、九頭竜川は氾濫しやすく洪水が頻繁に起きたけど、下流の平野は米がよくとれる穀倉地帯なので、川の水を利用しようと、時の支配者は治水工事を頑張ったってことよね?
流れが速い川にはどこでも大抵、龍神が祭られているので全国各地の龍神様を一カ所に集めればきっとウジャウジャと芋洗い状態ね!・・・想像してゾッとしたわ。
帝が
「大納言よ、朕の代わりに越前国へ行って九頭竜川の治水・利水開発の様子を視察してきてくれないか?」
兄さまが少し驚いたように
「私が?ですか?確かあの辺りは東大寺領の墾田(自分で新しく開墾した耕地)が多数あり、彼らが用水路整備していると聞きましたが?」
帝が少し悩んだ表情で
「あ~~公田(律令制において公(国家・朝廷)が所有している田地・畑地のこと。)の用水路整備も進めるためにな、方法を視察してきてくれ。」
兄さまは少し違和感を覚えたように
「木工寮の役人ではなく?私に?私は土木工事は門外漢ですがよろしいのですか?」
と念を押すと、帝はウンウンと頷くと、ハッと思い出したように付け加えて
「それと、平泉寺白山神社にいって、朕の親書と引き換えにあるものを宮司から受け取ってきてくれ。」
兄さまは何かを察したように
「はは。承知いたしました。」
と頭を下げた。
それにしても、土木工事に詳しくない兄さまをなぜ帝は視察に行かせようとするのかしら?
(その2へつづく)