EP60:清丸の事件簿「現世の輝夜姫(うつしよのかぐやひめ)」 その4
市で竹細工の職人たちに聞き込みを行った結果、ある職人の妻が『胸の大きい女性』で、かつその妻が市でいろいろな女性に声をかけている事が判明した。
その職人の妻は海藍という名前だった
海藍はある官位の低いが遺産をたくさん残した貴族の未亡人・小畝に仕える侍女で、小畝の屋敷に住み込みで働いているらしい。
兄さまと私は早速その未亡人・小畝の屋敷を訪れた。
侍所でまず海藍という名の侍女と面会したい旨を伝えると、警備の下人が
「何の用ですか?海藍は今外出中です。」
と言うので、兄さまは
「ある事件について話を聞きに来た検非違使の平次という者です」
と名乗った。
警備の下人はうさん臭そうにジロジロと見たが、主である未亡人の小畝に伺いを立てにいった。
小畝が面会してくれると言うので、出居で御簾越しに面会することになった。
まだ昼間なのに、その対は御簾がない三方を遣戸で締め切っているらしく中が暗いので御簾の中の小畝を見ることはできず、声で小畝の様子を探ることしかできなかった。
暗い影にしか見えない小畝が
「海藍に一体何の御用でしょう?彼女はいつも私のために忙しく働いてくれますのに、事件とおっしゃるのは何のこと?」
と言った。
少し枯れた声から察すると年は四十半ば?で何だか気だるそうに沈んだ雰囲気の女性。
私は『遺産として銭を残してくれても夫のいない生活は侘しいものかしら?』と勘繰った。
それがたとえロクでもない浮気夫でも?・・・兄さまは違う!と信じたいけど。
兄さまが
「実は、最近、洛中で、ある事件が相次ぎまして、事件前に被害者たちに声をかける海藍の姿が複数回目撃されているものですから、話を伺いたかったのです。」
小畝の影が
「被害者は若い女性でしょう?海藍が彼女たちに話しかけることが悪いことですの?彼女が市へ行くのは夫の竹細工を売るためと、お友達を見つけるためですわ。それが何か問題でも?」
とゆっくりと言うと、兄さまは険しい表情で
「いいえ。つかぬことを聞きますが、いつからお一人で暮らしてらっしゃるのですか?」
小畝は少しためらって
「夫は二年前に亡くなりました。それ以降ですわ。」
兄さまは少し愛想笑いをうかべて
「それ以降は男を通わせていらっしゃいませんね?」
と不躾な質問をすると、小畝は苛立った声で
「だから何ですの?失礼ですわね。老人だと私を馬鹿にしているの?」
と言うと私の方をちらりと見た気配がし、続けて尖った声で
「隣にいる男装している従者は女でしょう?若い女と連れ立ってどんな捜査をしていることやら。いかがわしいっ!」
と吐き捨てた。
・・・やっぱり男装しても女だってすぐバレるものねぇ物語と違って。
だって喉ぼとけもないし、私の体つきだって立派な女性のはず!とウンウンと納得した。
兄さまは小畝を怒らせたことに満足した(?)のか
「これは失礼いたしました。では我々は御暇致します。海藍に話を聞くのはまた日を改めます。」
といって屋敷を辞した。
大納言邸への帰り道、私は不思議に思ったので
「もしかしてわざと小畝を怒らせたの?なぜ?」
兄さまはニヤリと
「彼女は怪しい。被害者が若い女性であることを伝えてないのに知っていた。この先動きがあるかもしれないから、見張りをつけることにする。」
と言った。
私が大納言邸の自分の対で着替えようとすると、後ろから誰かに首を絞められ意識を失ってしまった。
だからここからは後日、兄さまに聞いた話。
夕餉を運んだ侍女から兄さまが私の行方不明を告げられると、大慌てで小畝の屋敷に向かった。
小畝を怒らせたことを後悔したらしいけど、手遅れだったと言ってたわ。
小畝の屋敷につくと、無断で上がり込み私を探し回った。
「伊予!どこにいるんだっ!伊予っ!」
と行く先々で几帳を蹴倒し、御簾を跳ねのけて大声で呼びながら、一緒に来た従者たちと小畝の屋敷を探し回った。
・・・今思うと乱暴狼藉ね。
主殿の御簾を跳ねのけて中に入った時、ぐったりと意識を失い横たわる私のそばに座る小畝と海藍がいた。
小畝は直径が一分(3mm)もあると思われる太い針を私の腕に刺し引き抜いたところだった。
小畝は私の腕から滴る血に口を近づけ啜ろうとしていた。
兄さまは小畝と海藍を押しのけ私を抱き上げると、呼吸を確認し、腕から血がドクドクと滴るのを手巾で押さえ、その場に落ちていた紐で手巾を腕に縛って止血した。
兄さまが小畝に向かって
「お前が若い女性を次々と誘拐したのは、血を啜るためか!鬼めっ!」
と怒鳴った。
(その5へつづく)