EP58:清丸の事件簿「現世の輝夜姫(うつしよのかぐやひめ)」 その2
房につくと、兄さまがいきなり私を抱き寄せ口づけようとするので、私もドキドキしてうっとりと目をつぶり、危うくそれに応えそうになったが、引きとめた目的をハッと思い出して唇が触れる直前に
「違うの!兄さま!そうじゃなくて」
と言うと、兄さまは興が削がれたと言った面持ちで
「何?」
「私も女性誘拐事件の調査に同行したいのっ!もちろん従者の清丸として!」
とワクワクと言った。
兄さまはう~~んと考え込んだが
「椛更衣がいいと言うならねぇ。」
と渋々承諾した。
私は兄さまが朝廷で勝手気ままに過ごせる立場ではないことを思い出し少し心配になって
「兄さまは内裏で帝に仕えてなくてもいいの?」
と聞くと兄さまはへへへとイタズラが見つかった子供みたいに
「私も内裏で政務するより、洛中で調査したほうが面白いからね」
と微笑んだ。
あくる日、私たちは誘拐事件の被害者のひとりの女性の元を訪れた。
その女性・那奈夜はある貴族に仕える住み込みの女房で、二十代前半で上品な中にも女性らしさが漂う丸みを帯びた体つきの、とにかく男性にもてそうなタイプの人だった。
私は少年風・従者の恰好である、水干、括り袴を着て角髪を結った姿で、はたから見るとどう見てもチンチクリンの男の子。
なので、那奈夜の色気があふれ出る佇まいを見て、兄さまの宮中の恋人たちを思い出し心配になった。
兄さまの顔をちらりと窺うといつもと変わらない様子なのでホッとした。
兄さまが
「誘拐されたときの様子を覚えていますか?その・・・言いにくいとは思いますが、犯人に何かされましたか?」
と躊躇いがちに聞くと、扇で顔を隠しながら那奈夜は憂いを含んだ目つきで兄さまを見て
「それが・・・、寝ている最中に誘拐されたようで、気が付いたら目隠しをされどこかに寝かされていて、腕に痛みを感じましたの。それから首を絞められまた気を失い、目覚めたら元の寝床にいました。」
兄さまがちょっと私を気にしながら、モゴモゴと
「あの・・・その・・・意識を失った状態で何かよからぬことをされたということはありませんか?」
那奈夜はまぁ!と驚いたように
「よからぬこと・・・かどうか、目覚めたとき肘の内側に痛みを感じたので見ると、赤い丸い傷がありました。それにハチかアブといった虫に刺されたように腫れていました。あぁそうそう!青くなってもいましたわ!血がそこに貯まってるみたいに。」
兄さまがまだ照れながら
「あの・・・つかぬことを聞きますが、自分で、その、意識がない状態で強姦されたかどうかはわかるものなんですか?違和感があるとか?」
那奈夜は少し不安そうな表情で考えこんで
「強姦・・・ですか?そうですわね。絶対ないとは言えませんが、痛みも傷もないし、犯人が残したモノもないので、おそらく何もされていませんわ。」
兄さまが意外だなという顔つきで
「では犯人は強姦目的ではないということか。腕の傷を見せていただけますか?」
那奈夜に肘の内側の傷を見せてもらうと、事件があったのが一週間以上前であることもあり、ほぼ治りかけているが、瘡蓋ができた小さく丸い傷跡があり周囲が黒黄色く変色していた。
兄さまが思い出したように
「変なにおいの香を焚いていませんでしたか?」
「いいえ。」
と那奈夜は首を横に振った。
催淫作用のある香かぁ・・・そういえば催淫作用って何が正解なの?繁殖期の牡蛙が見境なく、ちょうど通りがかった魚に抱き着いてるのを見たけどあんな感じになるの?
その屋敷を出ようとすると下働きの侍女が私たちの方に駆け寄ってきて私に打ち明けるようにヒソヒソと
「実は、那奈夜さんが誘拐される前に、知らない人に那奈夜さんのことを話してしまったのです。もしかしてそのせいで那奈夜さんが誘拐されたんじゃないかと思いまして。」
私は兄さまと顔を見合わせ、侍女に頷いて話の続きを促した。
(その3へつづく)




