EP57:清丸の事件簿「現世の輝夜姫(うつしよのかぐやひめ)」 その1
【あらすじ:都で起こる若い女性の連続誘拐事件は、不安定な時期に起こる『いつまでも女でありたい!』という妄執のせいだった。時平様はそのフェロモンで今日も女性と謎を虜にする。】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
私は現在、帝の妃である椛更衣専属の女房・伊予として後宮でお仕事中。
そこへ、大納言である兄さまが醍醐帝と、右大弁・源唱様とともに椛更衣の元へ訪れ雑談している。
椛更衣は同い年ながら、私よりも背が小さく華奢で、額が丸くて目がクリッとしてほっぺがぷっくりした可愛らしい女性で、私にとっては主であり最初にできた一番のお友達。
醍醐帝は今年十四歳になる、まだ幼さが残った、それでも見目麗しくて真っ直ぐな性格の少年帝。
右大弁は四十半ばと思われる、いぶし銀の魅力があるオジサマ。
私が白湯と菓子を給仕していると右大弁がふと
「そういえば、昔、五人の貴族に求婚されてそれを断ったことからあの『竹取物語』にちなんだ『現世の輝夜姫』と愛称された姫がいましたよね。彼女は今どうしているんでしょうねぇ?」
と言うと、兄さまが
「私も聞いたことがあります。まだ少年の頃ですからもう四十を超えていてもおかしくないですよね。そういえばなぜ輝夜姫と呼ばれたんですか?大勢の貴族に求婚された姫はたくさんいたでしょうに、なぜ彼女だけ?」
右大弁はどうだったかな?という風に思い出そうとし、やっとのことで
「確か、・・・輝いていたそうです。彼女に会えば『輝いている』の意味が分かったらしいのですが、残念ながら私はお会いしていませんので。」
と悔しそうに言った。
帝がワクワクした声で
「あの物語のように美しかったのか?朕も一度会ってみたいなぁ。」
右大弁はハハハと笑い
「今ではきっとお婆さんですよ。がっかりされるでしょう。そういえば近頃、若い貴族の間で催淫作用のある香が流行ってるようです。」
兄さまが『ん?』と興味をもったように
「媚薬とされる麝香や龍涎香は高値ですよね?若い貴族に流行するほど容易く入手できないでしょう?」
私の知識によると麝香とは『雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料、生薬の一種』で、龍涎香とは『マッコウクジラの腸内に発生する結石であり、香料の一種』だから入手困難だし、高価な物なのは確か。
何にしても一番最初に鹿の内臓やクジラの結石に何かに有効な成分がある!と感じて使い始めた人って偉大ね!きっと一通りの動物の糞を試してみるくらいマニアックな人でしょうね。
右大弁はニヤニヤと笑い
「大納言も媚薬に興味がおありですか?確か、催淫作用がある香を安価に作りだした者がいて、『月兎』という名で都の市で販売しているらしいです。」
兄さまが眉をひそめて
「成分に毒は入ってないんですか?効果があるなら怪しげなものが入ってるのでは?」
と警戒した。
帝も眉をひそめて
「洛内で若い女性の誘拐事件が相次いでおるという奏上があったが、大納言、その香の流行と何か関係があるのか?その香を使った奴らが女性を誘拐して悪さをしておるとは考えられないのか?」
兄さまは畏まって
「私に調査をお任せくだされば、誘拐事件を解決します。」
と頭を下げ、帝は
「では頼むぞ。」
と仰せになった。
帝は椛更衣と夜を過ごすというので、右大弁と兄さまは雷鳴壺を退出しようとした。
私は兄さまの後ろにそっと駆け寄り袖を引き
「私の房へ」
と囁くとともに目配せすると、兄さまが頷き、私の房へ向かった。
(その2へつづく)