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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見と時平の事件譚(推理・ミステリー・恋愛)
56/505

EP56:清丸の事件簿「虚ろの鉄地蔵菩薩(うつろのてつじぞうぼさつ)」 その4

藤原清貫(ふじわらきよつら)はキョトンとした顔で

「真相って?菅公(かんこう)が犯人でしょう?」

兄さまがニヤリとして

「いいや。お前が白状しないなら私が説明してやろう。まずお前は鉄の価値がこの先、急騰(きゅうとう)すると見越して鉄を尾張(おわり)国で買い占め自分の屋敷に(ひそ)かに運んだ。」

私はびっくりして思わず

「えぇ?兄さまは鉄地蔵の薄い鉄板では売っても利益は少ないといったじゃない?」

と言ってしまい、藤原清貫(ふじわらきよつら)が不審な目でこちらを見てるのに気づいて

「・・・利益は少ないと大納言様はいいましたよね?鉄地蔵を盗んで売っても儲けが出るほどの鉄の量ではないはずですよね?」

と言いなおした。

めんどくさい。

本当に私を少年従者だと思っているのかしら?それはそれで何だか失礼ねっ!

兄さまはこちらに向かってにっこりと微笑むと

「そう。鉄地蔵ではなく、鉄地蔵の空洞の中に銑鉄(せんてつ)の塊を入れて運んだんだ。尾張(おわり)国の鉄地蔵をつくる設備がある場所なら銑鉄(せんてつ)は作れる。」

・・・私の知識では銑鉄(せんてつ)とは高炉(こうろ)中の高温で鉄鉱石(てっこうせき)熔解(ようかい)して取り出して冷やして固めた不純物の混ざった鉄のこと。

藤原清貫(ふじわらきよつら)はハハハと笑って

「大納言様、私の屋敷で銑鉄(せんてつ)を見かけましたか?一体どこにあるというですか?まったく、証拠もなく思い込みだけで責められたんじゃあ(たま)りませんよ」

と余裕な表情を浮かべていたが、兄さまが銅造の仏像を叩くと鉄地蔵の時とは違って、ゴンと小さくこもった鈍い音がした。

兄さまは藤原清貫(ふじわらきよつら)に向かって

「銅鋳造の仏像も中は空洞だ。この中に銑鉄(せんてつ)を入れてるんだろう?お前は尾張(おわり)国の調副物(ちょうのそわつもの)が鉄地蔵であることを利用して、買い付けて加工した銑鉄(せんてつ)を鉄地蔵の中に入れて、庭にあった丈夫な鉄製の荷車で運び、都付近で取り出し自分の屋敷へ運んだ。もちろん運脚夫も仲間だ。」

藤原清貫(ふじわらきよつら)は焦った表情を無理やり抑え込んで兄さまをにらみ返し

「もしそうだとしても、鉄の売買は別に違法じゃありません。何が悪いのですか?」

「そうだ。たとえ鉄座(鉄を取引する商人の組合)との取引で鉄の値段を吊り上げようと画策(かくさく)してもそれは今のところ違法ではない。倫理的にはどうかと思うが。

だから聞きたいのだが、なぜ菅公(かんこう)が鉄地蔵を盗んだことにして、(おとしい)れようとしたんだ?菅公(かんこう)に何か弱みを握られたのか?」

藤原清貫(ふじわらきよつら)狼狽(うろた)え、答えるかどうかを迷っていたが

菅公(かんこう)に鉄を買い付けていることがバレたとき、私が買い付けている鉄は本来、尾張(おわり)国からの調副物(ちょうのそわつもの)として朝廷に納めるべきだと言われて、次回からはそうすると言われたんです。だから菅公(かんこう)が失脚すれば鉄の売買を邪魔されないと思いましてね。」

と吐き捨てた。

そして兄さまに向かって愛想笑いをうかべ

「大納言様が今、秘密裡(ひみつり)に私を問い詰めるという事は、このことを朝廷に告げ口する気はないという事ですよね?」

と図々しく言うと、兄さまはなぜか私をちらりと見て

「そうだ。菅公(かんこう)の別荘へお前が置いた鉄地蔵を回収して、鉄地蔵強奪事件を無いことにすれば、黙っていてやる。」

藤原清貫(ふじわらきよつら)はホッと安堵のため息をつき

「やっぱり大納言様は頼りになります。私を追い落とすことはなさらないと信用してます。なんせ我々は一蓮托生(いちれんたくしょう)なんですからねぇ。」

とニヤニヤといやらしい笑顔をうかべた。

私は思わずカッとして

「大納言様!どうしてこんな不正を許すんですか?藤原清貫(ふじわらきよつら)は別荘に自分が盗んだ鉄地蔵を置いて菅公(かんこう)を無実の罪で陥れようとしたんですよ!そのうえ鉄の値段を吊り上げて私腹を肥やそうとしてるのに!」

と兄さまに叫ぶと、兄さまは困った顔をして

「清丸。政治のことは黙っていてくれ。お前にわかることじゃない。」

藤原清貫(ふじわらきよつら)は私の方を見てざまあ見ろという表情を浮かべ、兄さまには探るような眼で

「では、菅公(かんこう)が鉄を調副物(ちょうのそわつもの)として朝廷に納めるべきといった話はどうなりますか?」

兄さまはこれにはさすがに怒った表情で

「そこまでお前の思いどおりにはならん。尾張(おわり)国の鉄が充分あるなら調副物(ちょうのそわつもの)として朝廷に納めるべきだ。調子に乗るな。」

とビシャリと言った。


 大納言邸に帰ると早速、私は兄さまを問い詰めた。

「どうして藤原清貫(ふじわらきよつら)のような悪人を放っておくの?あんな奴、この先だってきっとあくどいことをするに決まってるわ!」

兄さまは困った様子で

「清丸が浄見だと気づいたかどうかはわからないが、藤原清貫(ふじわらきよつら)には浄見の存在を知られているんだ。世間にバラされたら困る人がいるだろう?」

私はハッとして、自分が兄さまや父さまや、まだ会ったことがない母さまの弱みになっていると知って落ち込んだ。

「でも、あんな人と親しくしていて大丈夫なの?裏切られたりしない?」

兄さまは笑みを浮かべ

「大丈夫だ。信頼関係を築いておけば、あいつは少々の汚いこともやってのける奴だから、きっと役に立つ日が来る」

朝廷という場所が潔癖な正義感だけで成り立つ場所ではなく、嘘やごまかしや不正を見逃す駆け引きが当たり前になっている場所だと私は実感した。

私が深刻な顔で落ち込んでいると、兄さまが私の首の後ろに手を回して顔を胸に引き寄せ

「大丈夫。汚いことは私が全部引き受ける。浄見は気にしなくていいんだ。」

と額に口づけた。

額にかかる熱い息を感じた。

こんなに近くに兄さまがいるのに、私は少し寂しくなって

「確か地蔵菩薩(じぞうぼさつ)様は地獄へ落ちる衆生(しゅじょう)のかわりに責め苦を受けてくださるのよね?藤原清貫(ふじわらきよつら)のような人でも地獄から救ってもらえるのかしら?」

と言うと兄さまは

「仏すら私利私欲のために利用する我々は既に地獄にいるのかもしれないな」

と言った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

時代によって流行する仏像の材料(銅、木、鉄など)や仏の種類(大日如来、観音、地蔵など)が違うんですねぇ。

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