EP55:清丸の事件簿「虚ろの鉄地蔵菩薩(うつろのてつじぞうぼさつ)」 その3
その後、大納言邸に帰り、夕餉をいただき、私の居場所に充てられている東北の対で、蔀もおろし遣戸も閉め、さあ寝ようというときに遣戸の向こうから
「伊予、もう寝た?」
と低い声がするのでドキッとして
「いいえ、何か御用?」
「いや、明日も調査に出かけるから一緒に行くのかどうかを確かめようと・・・」
「兄さま、ちょっと待ってください。遣戸を開けますわ」
と遣戸を引き開け、兄さまを中に通した。
灯台の明かりがぼんやりと照らす薄暗い中を、二人で向かい合って座っていると、イヤでも緊張して、私が
「あの!明日もお供します!従者として。」
と元気よく言うと、兄さまがにっこり微笑んで
「昔は竹丸とよく調査に出かけたんだ。それを思い出すよ。」
と言った。
また気まずい沈黙が続くので、今まで胸に秘めていたことを思い切って口に出した。
「あの・・・兄さま、このお屋敷には北の方の年子様がいるでしょう?その・・・私と兄さまの関係を年子様には隠すほうがいいと思うの。」
年子様から兄さまを奪う『泥棒猫』と言われても仕方のない立場であることを、私はお世話になった年子様の前では極力隠しておきたかった。
年子様に申し訳なく思った。
兄さまは少し口をとがらせ不機嫌そうに
「私の気持ちはどうなる?私が傷つくのはいいのか?明日死ぬかもしれないのに、浄見を好きな事を隠せというのか?何の関係もないフリをしろと?」
と言い、目を伏せ、
「どうせもう年子も、廉子も気づいているよ。直接言わなくても女性はそういう事に聡いようだし。」
と言い放った。
私は今まで考えてみたこともなかったので不思議に思って
「兄さまは北の方たちを・・・その・・・あまり愛していないの?それなのに結婚したの?二人はそれで満足なの?」
と言ったけど、子供っぽいことを言ってしまったと後悔した。
兄さまは真剣な顔で
「そうだよ。二人は満足していないだろうね。でも、私の立場では今まで妻を娶らずいるなんてことはできなかった。二人にも、世話になった女房達にも悪いと思っている。」
と憮然とした。
気まずい沈黙が続き、兄さまが
「じゃあ、また明日。朝から出かけるので支度しておくように」
と立ち上がり出ていこうとしたので、私は慌てて引き留めようと立ち上がって袖をつかんだ。
すると兄さまは立ち止まり、突然振り返った。
真剣な顔で
「今日だけだ。明日からは何もしない。年子にも黙っておく。」
と言うと、ぐいと腕をつかまれ引き寄せられ、私は兄さまの胸に抱きしめられた。
兄さまの匂いにクラクラしたのと、締め付けられる力にうっとりして思わず背中に手を回しギュッと抱きしめ返した。
・・・・今日だけというのもそれはそれで、なんだか寂しいなぁ。
兄さまが帰った後、私はこの事件の疑問点を整理してみた。
・菅公が調副物である鉄の鋳造仏を都へ輸送途中に盗んで別荘に隠したのはなぜ?
・藤原清貫はそれに気づいたのに、なぜ自分で上奏して菅公を訴えないの?何か理由があるの?
盗んだのが他のものではなく、なぜ鉄地蔵なの?高値で売れるの?何か他の秘密があるの?
・・・『?』が多すぎて整理できた気がしない。
次の日、兄さまと一緒に訪れたのは意外にも藤原清貫の屋敷だった。
藤原清貫は兄さまの訪問に驚き慌てて侍所に出てきて
「大納言様?!いったいどうして我が屋敷にいらっしゃったのですか?」
兄さまが事務的に
「調査の一環だ。この屋敷を調べさせてもらう。」
藤原清貫は愛想笑いをうかべ
「へへへ、一体何の調査でしょう?」
兄さまがジロっとにらんで
「もちろん、鉄地蔵の強奪事件だ。」
と言いながら屋敷中を調べ始めた。
この屋敷には倉庫らしきものがなかったのでまず車宿りや侍所や厨の裏など庭全体を調べ、丈夫な鉄製の荷車があるのを見つけると
「よし!」
と頷いた。
次に屋敷内の一室に背丈ぐらいの大きさの仏像や人が入れるくらい大きな櫃の中に宝物や調度品が置いてあるのを見つけ、調べ始めた。
木造や銅造の仏像や、櫃の中の絵巻物、鏡、刀、宝石、高級そうな反物や何かの薬草や香など贅を尽くしたものでいっぱいだった。
見境なく高級品を集めまくってる感じが、わかりやすい人。
この中にはこだわりじゃなく一言でいえば『金目の物』がある感じ。蓄財のため?
そばで藤原清貫が大事なものを雑に扱われないかとハラハラしながら見ていたが、兄さまが調べ終わり、藤原清貫に向かって
「よし。大体わかった。今から鉄地蔵強奪事件の真相を話そう。」
(その4へつづく)