EP53:清丸の事件簿「虚ろの鉄地蔵菩薩(うつろのてつじぞうぼさつ)」 その1
【あらすじ:時平様の腹心の部下が見つけたという、権大納言の租税横領の証拠は出来過ぎているだけに怪しい。時平様はその部下の思惑を見抜き、正しい判断ができるのか?今日も頭を悩ませる。】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
普段の私は帝の妃である椛更衣専属の女房・伊予だけど、今日は里帰りと称して大納言邸に滞在中。
でもこの屋敷は妻の源年子様が北の方として住んでいるお屋敷だけどね。
そのお屋敷に藤原清貫と名乗る貴族が、兄さまに話があると訪ねてきた。
藤原清貫はうりざね顔のイケメンだけど、眉が八の字で無表情なところが何を考えているかわからない怖さを醸し出している。
例えば、子供が火鉢に手を突っ込んでも『どれくらいの火傷でどれくらい痛がるのか?』を冷静に観察したりしてそう。
そのくせ、粘着質?っぽくて、お気に入りの器とかモノに名前をつけて可愛がってそう!
完全に偏見だけどね。
私は大納言邸の侍女のフリをして、白湯と菓子を運び、何気なくそこにある几帳の陰に居座った。
藤原清貫は少し雑談をしてから、ボソボソと早口で
「大納言様、この頃の菅公(権大納言兼右近衛大将・菅原道真のこと)は宇多上皇の寵愛を笠に帝を無視し、朝廷でも一番の発言権と決定権を持っています。大納言様の地位を脅かしているのでは?ここらでひとつ攻勢に出てはいかがですか?」
兄さまはちょっと面倒くさそうな顔をして
「私は菅公と争ってまで地位に連綿としてはいないが、何か手があるなら話を聞こう。」
藤原清貫は声をひそめ
「実は菅公の一派が税を横領している証拠をつかみまして。」
兄さまは少し耳をそばだて
「それが本当なら、とっくに上奏しているはずではないのか?」
藤原清貫はニヤリと含み笑いをし
「私はただ大納言様に手柄をお譲りしたい一心で申しております。」
兄さまは疑わしそうに藤原清貫を見たが
「詳しく内容を話してみろ」
藤原清貫が話した内容によると、『菅公の手下が調副物を運んだ荷車から鉄の鋳造仏を盗み出し隠れ家に隠した』という密告があったらしい。
私の知識では調副物とは『律令税制の調に付随して正丁に課した副次的賦課。染料・油・漆・紙・雑器など三十数品目を規定し,正丁だけに賦課された』という税の一種。
藤原清貫はすでに鋳造仏の隠し場所もわかっており、そこが菅公の別荘であること、実際に鋳造仏があることも確認済みだという。
私は『どうして藤原清貫はそこまで確認しておいて自分で上奏しないのかしら?』と兄さまと同じ疑問を抱いたけど、政治の力関係はよくわからないので藤原清貫が兄さまに忠誠を誓ってるから?と勝手な理屈で納得するしかなかった。
藤原清貫が帰った後、兄さまに
「そこに実際行ってみるの?私も一度そういうところへ兄さまと一緒に調査に行ってみたいわ!」
と目を輝かせてワクワクというと、あからさまに嫌な顔をして
「別に楽しくもないし、もし危険な目に会ったらどうするんだ?それにそんな恰好でいくの?」
と言うので私はニヤリとほくそ笑み
「もちろん!清丸として、殿の侍従としてお供しますわ!」
兄さまはあきれ顔をしたが、少し面白そうだなという表情にも見えた。
(その2へつづく)