EP503:伊予の物語「一心の呂布(いっしんのりょふ)」その4~伊予、浮気心を断つ~
まだしゃくりあげる発作がおさまらなかったけど、影男さんの言う事も理解できた。
「でもっ!それっ、でもっ!
・・・兄さまが好きっ!離れたく・・・ないっ!」
影男さんが冷ややかな、侮蔑するような目で私を見て
「そうやって彼の情けにすがって生きて楽しいですか?
あなたの自由は無くてもいいんですか?」
誰のせいよっ!!
って完全にカチンっ!ときて
「私があなたとバカなことをしなければっ、こんなことにならなかったっ!
あなたのせいよっ!!
あなたなんて大嫌いっ!!
もう二度と私の前に姿を見せないでっ!!」
自分のことを棚に上げて、影男さんに責任転嫁して、どうにもならない怒りを投げつけて、何とかして苦しみから逃れようと暴言を口にしたけど、現実はひとつも変わらない。
本当は流された自分が悪い。
浮気心で影男さんを誘惑したのも私。
兄さまの次に好きだから、求めて欲しかった。
好きな男の人に愛される心地よさに浸っていたかった。
甘えていたかった。
もっと愛してほしかった。
悪いのは全部自分!って気づいてたけど、兄さまとの破局に耐えられなかった。
強い言葉で非難して、傷つけて、わがまま言って、それでも許してくれそうな影男さんに、また甘えた。
でもそうやって、甘やかされる心地よい居場所があるから、こんなことになった。
なら、もうその居場所は捨てなくちゃ!
浮気心も一緒にキッパリと切り捨てなくちゃ!
二度と恋人として愛してくれなくても、兄さまについていきたい。
あの人のそばにいたい!
ジリッ!と影男さんが身動きし、近づいてこようとするのに気づいて、素早く背中を向けて、そこから逃げだした。
さらに三日後、次の宿直の日には、兄さまから『忙しくて行けない』との文を受け取り、自分の中で、妻になるのを半分以上諦め雰囲気が漂った。
どうせこのままズルズル夜離れて、その時が来たら兄さまは用意した屋敷に妻として迎えてはくれるだろうけど、通ってくるにしてもおざなりにされて、死ぬまで独りぼっちで寂しく過ごすんだろうな~~!
でも、たった一度の浮気でそれほど見限るなんて、いくらなんでも度量が狭すぎない?
しかも、兄さまが影男さんを挑発するからこうなったのにっ!!
兄さまだって責任皆無じゃないのにっ!!
よしっ!!
次があればちゃんと真っ向から聞いてみようっ!!
次があれば・・・・だけど。
またシュンと落ち込みそうになった。
幸運にも、三日後、次の宿直のときには『今夜そちらに参る』との文を受け取り、キッパリフラれるにしても、妹として養ってもらうにしても、はっきりさせようっ!!と決心した。
昼間の曇り空のまま夜が更け、月も星も見えない漆黒の闇。
廊下の釣灯篭の灯りだけが、私の人生の行く末を頼りなく照らしているようだった。
まだ秋の涼しさを楽しみ、虫の鳴き声に人の心の移ろいやすさの悲しみを重ね侘しさを噛み締めていると、白檀の香しい香りが漂い雷鳴壺の東の廊下から
「伊予どのに取り次いでもらいたい」
硬い低い声が聞こえた。
「どうぞ」
と応え、立ち上がって妻戸を開き、迎え入れると、入ってきた兄さまに、視線を合わせ、親しみを込めてほほ笑みかけた。
兄さまが不意に現れた私に、照れたように視線を逸らし
「ああ。伊予が取次番だったのか。」
コクリと頷き、自分の房へ案内した。
いつものように直衣を脱ぐのを手伝い、皺にならないように畳んで衣装箱に入れ、袴や単衣も同じように畳んだ。
兄さまが寝ころんで
「んっ!」
と腕を伸ばすので、枕に頭、腕に頸を乗せた。
兄さまは上機嫌で
「あ~~太郎(保忠)がね、浄見からもらった『漢文説話集』を読み終えて、面白かったからもっと続きを読みたい!んだって。
浄見の手が空いてるときに、また面白そうな説話を集めて一冊にまとめてやってくれないか?
忙しいなら無理にとは言わない。
お礼もいくらか用意するから。
太郎が言うには、『呂布伝』で呂布は主を丁原から董卓に乗り換えた上に殺害し、袁術や劉備にも乗り換えようとしたが失敗するような、移り気で軽はずみで狡猾な信用ならない裏切り者なのに、『壮士であり、善く戦って前に敵はない』とか『後漢を再建した戦神』とか高く評価されてることが不思議だと言っていた。」
移り気で軽はずみで狡猾??!!
って皮肉?!私への?
やましさで呼吸が浅くなり、ドキドキがとまらず息苦しい。
上ずった声にならないように、深呼吸して落ち着き
「お安い御用よ!
さっそく暇を見つけて取り掛かるわね!」
明るい声で快く了承した。
兄さまはすぐに眠そうな声でムニャムニャと
「・・・・・ん。
じゃ、よろしく・・・・」
と言ったと思ったら、スースー寝息を立て始めた。
よっぽど疲れてるのね?
ゆっくり寝かせてあげよう!
ハッキリさせるのは、今日じゃなくて、また今度でもいいかな??!!
って妥協しかけたけど、もしかしてずっとコレが続けば、いつまでもハッキリしないんじゃないの?
って疑問が湧き、これで最後!ってつもりで、兄さまの隣でモゾモゾと上半身を起こし、肘をついて支え、寝顔を上から見下ろした。
(その5へつづく)