EP501:伊予の物語「一心の呂布(いっしんのりょふ)」その2~伊予、時平の態度に違和感を覚える~
その三日後の宿直の日の夜、兄さまはまた私の房に来てくれたけど、来るなりすぐ
「今日は疲れたからすぐに眠りたいんだ。」
というので、テキパキと着替えを手伝い、寝所に横になった兄さまに
「ゆっくり休んでください」
って腕枕も断ってさっさと眠りについた。
さらにその三日後の宿直の夜、昼間に兄さまから
『今夜、そちらに参る』
との文を受け取っていたので、
お酒を準備すれば飲むかな?
でも宿直中だし、不謹慎?でダメかな?
結局、白湯と、お菓子の干しイチジクを用意して自分の房で待っていた。
几帳の向こうから兄さまの低い、硬い、心を震わせるような声が聞こえ、ソワソワして立ち上がり、背筋の真っ直ぐな凛とした白皙の美丈夫を招き入れた。
頻繁に来てくれるけど、親密な接触がないので物足りず、白檀の香りに顔を埋めたい!って欲求に突き動かされたけど、グッ!と我慢して、
「お仕事ご苦労様です。
お疲れですか?
お白湯とお菓子をお召し上がりになりますか?」
兄さまはウウンと首を横に振った。
蒼ざめた頬だと思ったのにほんのり紅く染まってることや、お酒の匂いがすることに気づいた私が
「御酒をお召しになったんですか?
酔い覚ましの汁物を大舎人に運ばせましょうか?」
兄さまは私と目を合わせず、それでも上機嫌に
「いい。いらない。ちょっとね、飲んできただけから。」
言ったあとクスクス楽しそうに笑い
「臺与がね、言ってたんだが、菅公の孤立が深まってるらしい。
荘園整理令に反対する公卿が少数派になったことで、絶対反対!派の上皇に打開策を求めたそうだ。
でもそれを聞いた上皇がなかなか腰をあげないものだから、菅公は焦ってるって。
臺与の懇意にしてる公卿がそう話したらしい。」
また宜陽殿で臺与と呑んできたの?
嫉妬でイラッ!としかけたけど、こうして私のところへ一緒に夜を過ごしにちゃんと来てくれてるんだし、と思い直して、ニッコリほほ笑み
「そうですか。
兄さまのお望みの政策が早く実現なさるといいですね。
さ、お召し物を脱ぐのをお手伝いしますわ」
他人行儀?
だけど、この頃、それほど親密に過ごしてないせいか、どうも遠慮がちになるし、
『上品なしっかり者の女子だと思われたいっ!!』
って思いこみすぎて距離のある話し方をしてしまう。
小袖姿で正体なく寝所に寝転んだ兄さまはすぐに寝息を立てて眠り込んでしまった。
今夜も何もしないの?
そんなに疲れてるの?
それとも・・・・もう私に興味が無くなった??!!
今までは過剰すぎるぐらい、いつもいつも愛してくれて、情熱的に求めてくれたのに??!!
まさかっ??!!
影男さんとのことがバレた??
あり得ない話じゃない。
だって、あのとき隣で有馬さんが聞き耳立ててたかもしれないし、それを兄さまにチクるなんて有馬さんには容易いこと!!
そうだっ!!
きっと、兄さまはそのことを怒ってるんだっ!!
もしかして、私のことを嫌いになった?
『尻軽な浮気女』って?!
『他の男性に体を許した女子になんて、汚らわしくて触りたくもないっ!!』って??!!
愛情が無くなってしまった??!!
そんなっっ!!
ズーーンと重いものが肩にのしかかったように、手足が重く体がだるくなり、気持ちが沈んだ。
胃がキリキリして胸がギュッ!と締め付けられた。
『兄さまに軽蔑されて、飽きられて、女子として求められなくなったの?』
とか
『今までの情があるから、私のことを縁切りするわけにもいかず、妹として養ってやるかぐらいの気持ちになったの?!』
とか
『肉体的な情を交わさなければ、いつか諦めて他の男と結婚したいと私が言い出すって思ってるの?!』
とか、私が怒って兄さまを責めるのを待って、それを口実に私を振るつもり??!!
そんなの、絶っっ対っ!!にイヤッ!!!
色恋の関係が無くてもっ!!兄妹の情だけでもっ!!兄さまから一生離れないっっ!!!
でも・・・・そんなことできる?
煩わしいと思われても?
軽蔑されても?
鬱陶しいって嫌われても?
他の女子(臺与とか)と目の前でイチャつかれても?
平気?!でそばにいられる??
そんなに強メンタルでいられる??
ハッ!とあることに気づいた。
もしかして、愛情は無くなり私のことを見限ったけど、浮気したことを真正面からは責めず、逆に私が兄さまを嫌いになるように仕向ける作戦??!!
兄さまの態度に耐えられなくなって、私の方から別れてください!って言いだすのを待ってるとか?
・・・・ん?
でも、あからさまに冷たい態度、とか素っ気無い、とかではない。
むしろ前より頻繁に来てくれてるし。
楽しそうに上機嫌だし、ってこれは不自然?なくらいかも!いつもは不愛想なのに。
自問自答し、眠りにつけず、何度も寝返りを打ち、兄さまのジャマをしたかも!って後悔して悩んでまた眠りにつけず、寝返りを打つという悪循環を繰り返した。
そんなふうによく眠れず、睡眠不足になり、日中もイライラするようになった。
椛更衣や茶々には
『私の浮気のせいで兄さまに嫌われた!!どうしよう!どうすればいい?!』
なんて恥ずかしくて相談できない。
(その3へつづく)