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EP50:番外編:無垢(むく)①

EP47,48,49:番外編:(ひび)①②③の直後です。

 時平は浄見を永遠に失う恐怖に比べたら、理想や信念や社会通念や正義といった世間や大義に背くことなど何でもないと思えた。

その大義には父・基経の遺言である「正道を外れるな」も含まれていた。

早速、源興元(みなもとおきもと)に文を書き、お見合いを無かったことにしてもらうよう頼んだ。

そもそも、浄見がまだ幼いころから使用人をはじめ周囲の人々は時平の気持ちを見抜き、散々からかっていたが、弱点ともいうべき浄見への執心を周囲に冷やかされようが、非難されようがそんなことは時平の意志決定には何の影響もなかった。

つまり、兄という立場であるという世間体のために浄見をあきらめようと思った・・・わけでは最初からなかったのだ。

時平がずっと唯一気にしたのは、恋人にすれば浄見を傷つけるかどうかだった。

時平は逆の立場で考えた。

もし、自分が幼いころから絶対的な保護者だとみなしている叔母や伯父といった親戚から急に、恋人になるように迫られたりすれば、やっぱりショックを受け、裏切られたと感じる。

これは確かだ。

もし、彼らが幼い自分をずっと性的な目で見ていた・・・と想像しただけでも吐き気がする。

浄見が自分を無邪気に慕うのは、性的な事を理解していないからだと思った。

単に仲の良い、安心できる家族関係の延長を続けられるから、妻になりたいなどというのだと。

やっぱりだめだと思った。

浄見に愛を告げることなどできないと。

何も知らない無垢で清純な少女に、自分の暗部に秘めた黒い醜い欲望など知られるわけにはいかない。

単純に自分の性欲を浄見に悟られることが恥ずかしかったし、浄見の前では、自分の思う理想の男として見栄を張りたかった。

せめて浄見が処女でなければ恋愛の対象になりうるかもしれないとすら思った。

そして、見知らぬ男と浄見が・・・と考え、自分を(さいな)む妄想を頭を振って打ち消そうとした。


 浄見はお見合いから逃げ出して宮中に帰ってから、すっかり(へこ)んでいた。

時平が自分を恋人や妻にする気配が決定的に『無い』とわかり、何ならほかの男とさっさと結婚させようとしていることにショックを通り越して絶望していた。

しかし、時平が今まで何度も浄見を愛している素振(そぶ)りを見せたり、好きだと告げる事に浄見はいい加減、腹が立っていた。

『兄さまは私の気持ちを(もてあそ)んで楽しんでいるの?』

と憎らしくなった。

時平が浄見に見せる思わせぶりな態度に浄見はいつも期待し、振り回され、あきらめがつかず、夢中になって追いかけるのに、いざというときは突き放されるのだ。

時平に抱きしめられると、浄見は何も考えられなくなり、このまま死んでもかまわないとすら思うのに、そんな風に抱きしめた後で時平は不意に手を放して浄見を遠ざけた。

浄見はいつも時平の胸から離された瞬間、急に寒気がして、この世界で独りぼっちで取り残されている気がするほど寂しくて不安になった。

そんなモヤモヤした日々を過ごしていると浄見の元に一通の文が届き、読むと

『お前の正体を知っている』

とだけ書いてあった。

浄見は焦り

『私が宇多上皇(とうさま)秘密裡(ひみつり)に育てられたということがバレたのかしら?兄さまとの関係も?

もし父さまが差出人だとしたらこんなことをせず、すぐに呼び出すか、私を(さら)うでしょうから、少なくとも父さまではないわね。』

と考えた後、

『もし、犯人が私を誘拐して兄さまや父さまを脅すために使ったりしたらどうすればいいのかしら?だったら、少なくともこれからは絶対に兄さまとは何の関係もないように見せなければ!』

と思った。

ちょうどその時、時平からも一通の文が届き

『今夜、梅壺(使われていない対)に来てくれないか?話したいことがある』

と書いてあった。

浄見はドキッとしたが時平と親密であることを、得体のしれない脅迫者に利用されて、万が一時平の身に危険があってはいけないと思い

『大納言様、今後はあなたからの文は決して受け取らない事に致しました。これ以上、わたくしに近寄らないで下さい。』

と返事を出した。


 時平は浄見の返事を読んでこれ以上ないくらいショックを受けたが、今までの浄見に対する自分の仕打ちを思い返して嫌われても仕方がないと思った。

あれだけ結婚を無理強(むりじ)いしておいて今更、恋人になりたいなどという虫のいい話は通用しないのだと。

浄見がこの世に元気に生きてさえいてくれれば自分は充分幸せなのだと思おうとした。

『一生会えなくても?』

と自問し、

『それなら死んだのと同じじゃないか』

と自嘲したが、偶然姿を見かけたり、宮中で出くわすこともあるだろうと思いなおし自分を慰めた。


 時平が一人で校書殿(きょうしょでん)(文書や調度品が納められた内裏の殿舎)で調べ物をしていると、前の廊下を不規則に乱れた歩調で渡る衣擦(きぬず)れの音がし、入り口から誰かが駆け込んだ。

時平が入り口の方を何気なく見ると一人の女房が外へ顔だけを出し廊下の様子をうかがっていた。

しばらくすると、振り返り殿舎の奥へ逃げるように入ってきたので、時平はその女房の顔を見ることができた。

時平は声をひそめて

「何をしているの?浄見」

と声をかけた。

後ろを気にしながら奥へ入ってきた浄見が時平の声に驚き

「兄さま!?ここで何をしているの?」

「私は調べものだ。誰かに追われているのかい?」

と時平は冗談ぽく言ったのだが、浄見はまさにその通りだという険しい顔をして小さな声で

「廊下を歩いているとき、後ろから誰かが私をつけていたの。振り返ると柱の陰に隠れたりしてこちらの様子をうかがっていたのよ。」

とヒソヒソと言った。

時平が自分で廊下の様子を見に行き、しばらく廊下に人影を探していたが、キョロキョロとしたあと、引き返しながら

「誰もどこにもいなかったよ。気にしすぎじゃないか?」

と浄見に微笑んだ。

浄見は時平がそばにいるのでとりあえず襲われる心配はないと安心したが、一緒に親しく話しているところを誰かに見られてはいけない!と思い出し

「兄さま、急いでいるので失礼します。」

と言い、そそくさと立ち去ろうとした。

時平は浄見の態度がどう見ても自分を嫌って()けているようにしか見えないのでショックで思わず浄見の腕をつかみ

「久しぶりに少し話そう。」

と引き()めた。

(②へつづく)

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