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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
本編(恋愛・史実)
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Ep5:禁断の恋

<Ep5:禁断の恋>

時を戻して879年、12歳の定省王は親王の子として気ままな毎日を楽しく過ごしていた。

30人を超えるであろう兄弟姉妹の中の一人で、姉の穆子内親王とはじめて対面したとき定省はその美貌に惹かれたが、

話すうちに彼女の未来を見通す力が並外れていることに気づいた。

彼女の予言した各地の災害や事故はかなりの高確率で当たった。

穆子は控えめで大人しい性格なので、言葉が少なく、他人との付き合いが極端に少なかったが、何かと慕ってくる定省には心を許していた。

「定省、あなはた右大臣・藤原基経さまの御妹・藤原淑子様を知ってる?」

「いいえ。右大臣様がお偉いってことは知ってますが、その妹が何の関係があるのですか?」

「藤原淑子様は宮中に出仕なさってもう20年にもなり、藤原基経様とも親しいのよ。

これからは、あの方が宮中で陰の実力者となるかもよ。」

「ふ~~ん。では私はその方に取り入れば出世できるのですか?」

「そうよ。あなたがもし最高の位を望むなら、あの方と密になればなるほどうまくいくわ。」

「姉さまの予言は実現するからなぁ。ではやってみます!」

やってみます!と簡単に答えたものの、定省は愛想がよくて元気で無邪気(に見せる)ぐらいのとりえしかないと自覚していた。

 藤原淑子は従三位に叙せられたが、宮中で自分の地位にまだまだ満足していなかった。

7年前に夫を亡くし、子もないので子を利用して上ることはできなかった。

かといって、女の身では権力の中枢には就けず朝廷の雑用ぐらいしかできないが、重要書類を読めば政治がどの方向に動いているかは理解できた。

将来皇位を望める皇子を手中の駒にできれば、その子が天皇になれば兄にならぶ権力を得られると考えた。

そんなときに近づいてきた時康親王の王子 定省王を無視するわけにはいかなかった。

尚侍ないしのかみ)どの!私の姉さまが、あなたは将来凄い人になるっていってました!」

「まぁ!私は典侍ないしのすけ)ですわ。でも貴いご身分の王子にそのようにおっしゃられるとうれしいですわ!」

「貴いといっても、私自身が偉いわけではありません。

それにこの身分があっても今のままでは大切なものを守ることさえできないと思うのです。」

「どういうことですの?親王の御子であることは将来安泰ということでしょう?」

「確かに、何も望まなければ、今の日常の延長の生活は送れるでしょうが、それでもままならぬことは起こると思うのです。」

「皇族というだけで、安定はあっても意に染まぬこともあるでしょうが、それでも庶民よりはよっぽど恵まれていますわ。

いったい何を望まれているのです?」

「私は自分の大切なものを守るために誰にも邪魔されないようにしたいのです。」

「このままでは大切なものを誰かに取り上げられてしまうということですか?」

「そうです。そして邪魔されないためには、最も偉くならなければならないのです。」

「まぁ!そのように簡単に将来をお決めになるの?一番偉くなるには一番犠牲を払うものですよ。

もし犠牲がその大切なものでもいいと?」

「それは・・・難しい問題ですね。だけど、それ以外の犠牲なら惜しくはありません。」

淑子はなかなか見どころのある王子だとおもった。

皇位継承のためには今10歳の陽成帝があとどれくらいで退位するかが問題だが、

元服もまだの幼帝に代わって定省王が皇位を継ぐとなるとどうしても穏便にとはなるまい。

しかし陽成帝が元服すれば異母妹の高子が皇太后の権力を思う存分振り回すだろうことも腹立たしかった。

淑子には行動を起こさない理由が見当たらなかった。

将来を定省に賭けてみるかと思った。

「では私の猶子となりますか?」

「はい!」

というように、定省と藤原淑子の親子関係が始まった。


定省は、陽成帝の王侍従などして出仕していたが、姉との目通りも盛んにしていた。

あるとき穆子に会いに行くと、部屋から一人の男が出ていくのが見えた。

後をつけると男の顔は見えなかったが、車についた家紋は見えた。

その家紋は在原家のものであった。

在原業平といえば「在五中将ざいご ちゅうじょう物語」で有名な好色漢であると定省は憤った。

藤原高子との醜聞も耳新しい。

あのような色好みに姉上を弄ばれては大変だと思うといてもたってもいられなかった。

出仕した際、在原業平を見つけるとそれが帝の御前であろうと食って掛かった。

「在原中将どの。私とひとつ相撲を取ってくださいませんか」

「私は老体、そなたは生きのいい盛りの若者。どうしてそのような無体をおっしゃるのだ?」

「それはそなたの胸に聞いてみろ!!」

といって定省は無理やり在原業平の体をつかんで投げようとした。

業平は老体だが体幹は強くびくともしなかったが、定省は興奮しきって全力で押し倒そうとした。

二人は組み合って、業平がじりじりと押され、やがて椅子にぶつかってバランスを崩し高欄に投げ出され高欄が折れた。

周りの殿上人達は大慌てだったが、陽成帝は手をたたいて喜んだ。

「定省の勝ちじゃ!面白い!面白い!業平も老体ながらよく頑張った!褒美を取らすぞ!」

定省の若さからくる狼藉はこのように御咎めなしに済んだが、定省は反省どころかまだ攻撃し足りないといった表情だった。

「姉上に手を出したらこれぐらいでは済まぬぞ!」

と凄みをきかせて業平に言い放ったが、当の業平はきょとんとしていた。


定省は以後、穆子に会いに行った際には業平との関係を聞きたかったが、なかなか言い出せなかった。

翌880年、在原業平死去の報を受けたとき、これで姉との関係が絶たれたとほっとしたくらいだった。

882年に敦子内親王の退下をうけて穆子内親王が斎院に卜定されたとき、15歳の定省は、これ以上はないというくらい悲嘆にくれた。

もう一生会うことができないかもしれないからだ。

何かの不祥事で斎王退下となるか、死ぬか、天皇が退位するかだが、若い陽成帝の退位は当分ないと思われたからだ。

最後の対面のために穆子に会いに行くとき定省は思いを打ち明けるかどうか悩んだ。

異母とはいえ姉弟であるし、斎王になるならもちろん男女の仲にはなれるわけはなかったが、

定省の最も大切なものとは、ほかならぬこの姉のことだった。

彼女を守るためには全てを犠牲にしても惜しくなかったのに、もう会えないとなるとこの先どうすればいいのかわからなかった。

そんな悲壮な思いで目通りに行った先で、またもやあの在原家の家紋付きの車を見たのだった。

定省と入れ違いに車が出ていき、急いで姉の部屋へ行くと、姉は泣き崩れていた。

声を殺して、しかし髪は乱れ、衣も乱れていた。

定省は何があったのかをすぐに理解はできなかったが嫌な予感がした。

「どうしたのですか姉上。なぜそんなに泣いているのですか。」

「・・・うっうっ」

姉のしゃくりあげる声だけが聞こえた。

「在原の男が姉上に何かしたのですか?」

定省の声が震えた。

「い・・っいいえっ・・・あなたには関係のないことです。」

穆子はやっとのことでそれだけ言った。

「しかしっ・・・その御様子は・・・」

定省は次の言葉を継げなかった。

長い沈黙が二人を包んだ。

定省は立ち去ることもできず座り込み、姉の背を触ろうとすると、

「やめてっ!!」

と体を丸め身を引かれた。

しばらくまた、沈黙が続いた。

「このことが露見すれば斎王退下となるでしょうから、あなたは黙っていてください。いいですね。」

と穆子がぽつりと言った。

定省はいっそ斎王などやめてしまえばいいと思った。

会えなくなるくらいなら身内の恥だろうが何だろうが構わないと思った。

姉の傷を傍にいて癒してあげたいと思った。

業平は死んだはずなのに、なぜと考えてすぐ業平ではなく別の在原の男だっただけだと気づいた。

在原の男は憎かったが、あんなに他人に警戒心が強い姉がなぜこのような事態になったのかが疑問だった。

二人きりでそれも他人の男と会うなど、まるで恋人同士ではないか?と思った。

思いついてすぐにぞっとした。

姉と在原の男は以前から恋人同士で、永遠の別れを悲しんでいたのではないかと。

意に染まぬ狼藉を受けたのではなく、恋人同士の別れを惜しんでいただけではないかと。

あるいは、気持ちが通じ合っていた関係が、永遠の別れをきっかけに男女の仲に発展したのか?

どう考えても定省には受け入れ難かった。

事実斎王退下をにおわす姉は、在原の男と関係を持ったのだろう。

定省は大事なものを奪われ壊された気がした。

目の前が暗くなった。


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