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EP49:番外編:罅(ひび)③

 二人で頑固に口をつぐみながら、双六や貝合わせをした。

会話もなく、全然楽しいはずもなく、ただ双六の勝敗だけが積み重なっていった。

時平が突然

「浄見はやっぱり大人になったねぇ。双六の勝率が断然上がったものねぇ。昔は十回に一回しか私に勝てなかったのに、今は三回に一回は勝つもの。」

としみじみと言った。

浄見も少し気が緩んで

「そうよ。私だっていつまでも子供じゃないのよ。難しい漢文の本だって読めますから。」

とえへんと胸を張ると、時平がにっこり笑ってわざと年老いた声で

「ほんによかったのぅ。浄見が無事に大人になって。ワシも育てた甲斐があったわい。」

とおどけた。

浄見と時平がハハハと声を出して笑っていると、浄見は急にちゃんと正座に座り直して両手をそろえて膝の前についた。

時平に向かって頭を下げ

「兄さま、今まで、お世話になりました。浄見は兄さまに育ててもらって本当に感謝しています。」

と言ったきり頭を上げないので時平が焦って

「どうしたの急に?浄見?顔を上げてくれ」

浄見は涙があふれて止まらないので顔を上げることができなかった。

涙声でとぎれとぎれに

「兄さま・・・・。最後に抱きっしめって欲しいっ・・・。」

と呟くと、時平は浄見の肩を両手でつかんで引き上げ、胸に抱きしめた。

浄見は際限なく涙を流しながら時平の背中に手を回して抱きしめ、耳に口を近づけ

「兄さま、もしも・・・もしも子供の頃ではなく大人になった今、初めて出会っていたとしたら、私を妻にしてくれた?」

と聞くと、時平は浄見の肩を抱く腕に力をこめ

「一番に求婚していた。誰にも渡さなかった。」

と答えた。

浄見はそれを聞いて密かに微笑み

「兄さま、最後にもう一つだけお願いがあるの。私がいいというまで、目をつぶっててくださる?兄さまに渡したいものがあるの。取ってくるまで目をつぶって待っててくださいな。」

と浄見が言うので、時平は

「わかった」

と目をつぶった。

浄見が時平から離れ、何かをしている気配がし、遣戸(やりど)を開けて立ち去る気配がした。

時平は目をつぶって浄見がいいというのをずっと待っていたが、しばらくたっても浄見が帰ってくる気配がなかった。

時平が何かおかしいと感じて目を開けると、文机の上に

『さようなら。今までありがとうございました。』

という書き置きがあり、心配になった時平は立ち上がり廊下を走りながら

「伊予っ!どこにいるんだ?伊予っ!」

と呼びかけながら浄見を屋敷中、探しまわった。

妻の年子が起きてきて

「伊予は今から宮中に歩いて帰るというから、車を出させましたわ。」

と時平に告げた。

時平はそれを聞いても胸騒ぎがおさまらず、従者の竹丸をおこして馬に鞍をつけさせた。

自分は太刀を帯び、馬に乗り、浄見が溺れさせられた川へ向かって駆けた。

時平は馬を駆りながら、恐怖で頭が真っ白になり何も考えられなくなっていた。

『なぜこんなことになった?私は何を間違えたんだ?

浄見を永遠に失うかもしれない。

私が馬鹿だった。

彼女がこの世から消えることよりも怖ろしいことなんてなかったのに。

こうなるまで気づかなかったなんて。

兄の立場で我慢できるはずなんてなかった。


・・・こんなにも愛しているのに』


 時平は川につくと、上流や下流へ何度も行ったり来たりしながら、異常な人影がないかを探し回った。

朝になって日が昇り、周囲がはっきり見え、何も異常が無いことを確かめることができるまで、必死で探し回った。

何度も確認して浄見が川に入ったわけではないと納得できて初めて安堵した。

しかし、時平は、自分の本当の気持ちを改めて思い知らされた。

浄見を失うぐらいなら、

自分の信念に、

理想に、

自尊心に、

常識に、

正義にすら


背いてもいい。


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