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EP40:番外編:告別の文使い②

 浄見は自分の考えの甘さと浅さが恥ずかしくて悔しくてたまらなかった。

清丸の恰好をしてでも、再び会いさえすれば時平は自分を思い出して、以前のように傍にいてくれるに違いないと思った。

忙しい身分になり頻繁には会えなくても、いつの日か結婚するまでは時々でも訪ねてきてくれて一緒に過ごしてくれるはずだと。

『兄さまは私を好きなはず』

と思っていた。

それが完全に自分一人の勝手な思い込みだったなら、自分を時平の立場に置いてみれば、『子守として相手をしていた子供が急に押しかけてきて自分を好きなはずと決めつけている』となり、おかしすぎて笑い話にもならない。

図々しいを通り越して頭がおかしいと思われたんじゃないか?と悲しいよりも先に恥ずかしすぎて死にそうだった。

一刻も早くこの場を立ち去ろうと

「変な事ばかり言って、申し訳ありませんでしたっ!失礼しますっ!」

と頭を下げて素早く立ち上がり逃げだした。

御簾のそばまで来ると時平が立ちはだかり、浄見のすぐ目の前に時平の胸があったので浄見の頭がぶつかった。

浄見が泣きはらした目を上げると、時平が険しい表情で浄見を見た。


 時平は自分でも無意識のうちに、肩を包み込むようにして浄見を抱きしめていた。

抱きしめながら、背が大きくなったとか肩幅も広くなったとか、でもまだ細いし身体が薄いなぁなどと考えた。

浄見が戸惑いながらも時平の背に腕を伸ばして抱き着くと時平も腕に力を込めて浄見の細い身体を締め付けた。

「兄さま・・・?なぜ?なぜ、あんなことを言ったの?」

浄見が涙まじりに呟くと、時平は吐き出すように

「・・・あれも本心だ。私は浄見を諦めなければならない。子供を本気で愛してはいけない。」

浄見は上ずった声で反論した

「私はもう子供じゃないわ!兄さまに釣り合う年齢よ!十一だもの。もう少しで結婚できるわ!」

時平は横に首を振り

「いいや。浄見は子供だよ。私にとってはずっと子供なんだ。女性としてみることはできない。」

『見てはいけない』と、時平は心の中で付け加えた。

身体を離し、浄見の頬に触れ、顔を見つめ、親指で涙をぬぐいながら

「だから、もう会わない。わかったね?」

と優しくいった。


 浄見は怯えた表情をし、思わず身を震わせた。

時平が本気で別れを告げたと思った。

浄見には受け入れがたい現実だった。

八歳の頃にも、似たようなことがあったが、浄見は自分の中でなかったことにした。

何かの間違いだと。

明日になれば何もかも忘れて元通りになっていると思おうとした。

その日以来、時平は浄見に会いに来なくなった。

でも一度だけ、夜中に時平が浄見に会いに来たことがあった。

あれは現実だと思ったのに、本当は夢だったんだろうか?と浄見は思った。

時平に抱きしめられ、鼓動が激しく打つのを聞くと浄見はいつも幸せな気持ちになった。

今もそれは同じで、時平が本気で自分を愛していると信じられた。

心は嘘をつけないと。

でも、間違っていたんだろうか?時平は本気で浄見を手放すつもりなんだろうか?

どうして?と浄見は思った。

何がいけないの?と。

浄見は思わず目をつぶった。

時平が口づけてくれるのを待った。

時平の考えが変わるように祈って。

一線を超えれば、浄見をあきらめることをあきらめてくれるかもしれないと。


 時平は浄見が目をつぶったのを見て驚いた。

思わず口づけしたくなったが、『何を馬鹿なことを!』と思い直した。

唇のかわりに指で浄見の唇を摘まんでひっぱり

「こんなことは恋人にだけするんだ。私をからかうんじゃない」

と冗談めかした。

浄見は恥ずかしそうに目を開けたが上目づかいで時平をにらんで

「もうっ!」

と言っただけだった。

お互い微笑みあって別れることができた。

それが時平には満足だった。

二度と会うことができないかもしれないのに、浄見の悲しみの表情が最後の記憶に残ることはやるせなかったから。

浄見が去った空間は、がらんと広く、空虚で、音と色の無い、

ただ無限に続く闇夜のように時平には思えた。


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