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EP39:番外編:告別の文使い①

ちょっと書き直しました。

「Ep24:番外編 右大将物語 ④賭弓の節 」 のちょっと後です。

 894年の正月、中納言兼右近衛大将すなわち右大将(うだいしょう)となって初めての賭弓(のりゆみ)(せち)で十一歳の浄見と思いがけず三年ぶりに再会した二十四歳の時平は、(あらた)めて、自分の浄見への執着が思ったより強いことに気づかされたが、自戒しても一向に忘れることはできなかった。

浄見がそばにいようがいまいが、時平の気持ちを置き去りに時間は淡々と過ぎるが、完全に忘れるとなると時平は、無味乾燥な生活に慣れるしかなく、僅かな感情の起伏に満足するしかなかった。

ぼんやりと考え込む時間があるほど暇な身分ではないはずだが、気が付けば彼女の面影を思い浮かべている自分の未練たらしさに嫌気がさした。

そんな時、従者の竹丸が主殿(しゅでん)(へや)でゴロゴロしている(あるじ)に来客を取り次いだ。

若殿(わかとの)、宇多帝のところから文を届けに来た(わらわ)目通(めどお)りを願い出ていますが。一応、出居(いでい)に通しましたがどうしますか?」

父が死んでもう『若殿』ではない自分を竹丸がいつまでもこう呼ぶのを(とが)めても聞かないのでそのままにしていた。

いつもの宇多帝からの文使いがなぜ今更、目通りを願うのか?と不思議に思った。

「今日は文の他に何か持ってきたとでもいうのか?なぜ目通りを願うのだ?」

竹丸は何かを含んだ微笑みを浮かべ

「さぁ・・・。わかりかねますが、私は清丸と名乗るあの者をどこかで見たような気がします。」

と言い終わるやいなや、時平は出居に向けて走り出していた。

出居につく寸前の廊下で時平は歩を緩めわざとゆっくりと歩いて東の対についた。

出居のある東の対の廊下には誰の姿も見えなかったので、竹丸は童を御簾の内に通したと見え、時平は御簾の前で一つ大きく深呼吸をして御簾を押して中に入った。

そこには手持ち無沙汰に立っている清丸の姿があった。

薄い青色の水干に、(すね)が見える長さのくくり(はかま)姿で、後ろで束ねた髪は美しい顔立ちをはっきりと見せ、色の白いすらりとした美しい足と長いまつげに縁取(ふちど)られた潤んだ瞳は時平の心を一目で奪った。

時平は鼓動が速まるのを感じたが、息を吐いて鼓動を収めた。

「待たせたな。座りなさい。お前は確か清丸だったな。帝の従者の。賭弓(のりゆみ)(せち)で会ったな。」

と扇で口元を隠しながら話しかけると、清丸が両手をついて頭を下げ

「お久しぶりでございます。その節は、命を助けていただきありがとうございました。」

と真面目に言うので時平は

「いや。私が勝手に矢の前に飛び込んだだけで、お前を助けるつもりはなかった。そのあと看病してもらったのは私の方だし、礼を言うのはこっちの方だ。」

清丸が顔を上げ時平の目をじっと見つめると、時平はまた自分の心臓が速まるのを感じ、少し苛立ったが、それを隠すように続けた。

「今日は帝の文の他に何かあるから目通りを願ったのか?」

清丸が花が開くような可憐な微笑みを浮かべ

「はい。今日は宇多帝の姫から、右大将殿に贈り物を届けに参りました。これをお納めください」

と一巻きの絵巻きを差し出した。

時平が手に取って開いてみると墨の濃淡で描いた白菊の絵とその横に和歌を書き付けた文字があった。

浄見の絵も字も上達したことに時平が感慨を覚えていると清丸は

「宇多帝の姫が右大将殿を大層恋しがっておられます。ご多忙かと存じますが、たまにはお会いになってあげてくださいませんか?」

といたずらめいた表情で時平に笑いかけた。

時平は清丸が正座した膝の上で指を組み合わせてもじもじ動かしている様子や恥ずかしそうに俯いている様子を心の赴くままにじっと見ていたが、目の前の清丸、つまり浄見に対する愛しさが強まるのに伴って、この先の道は絶たれているという絶望で息苦しくなり思わず目を逸らした。

胸を締め付ける息苦しさから逃れるために早口に

「私はもう宇多帝の姫とは二度と会うつもりはない。彼女にもそういったはずだし、彼女が忘れているならお前から伝えてくれ。」

と言うと、清丸が顔を曇らせ

「それは、そうおっしゃったのは彼女も覚えていますが、それは右大将殿の本意ではないでしょう?なぜそんなことをおっしゃるのですか?」

と言った。

浄見が清丸という従者のフリをやめ、浄見として反論するかと時平は思ったが、依然として従者のようにふるまっているので時平もその遊びに付き合った。

「どうしてそう思う?私が子供を本気で愛しているとでもいうのか?」

と清丸をジロっとにらんだ。

清丸という架空の第三者をはさむことで、時平は自分の立場を客観視し、浄見を愛しているなどと公言する事は年端もゆかぬ子供を愛していると公言する事であって、是認しがたい異常な事だと自分の胸に改めて刻み付けた。

「私には立派な妻も子もいるし、なぜ宇多帝の姫をそんなに気にかける必要があるというのだ?もう子守の必要な歳でもないというのに。」

と時平が続けると、清丸は顔を恥ずかしそうに真っ赤にし唇を震わせ泣きそうになっていたが、さっと顔を上げ

「でも、右大将殿は、以前、私を従者にしてくださるとおっしゃいました!それは私をお気に召したという事でしょう?!」

と食い下がった。

時平は口の端をゆがめてニヤリと笑い

「お前を、な。以前はそういったが、帝はお前など知らぬとおっしゃった。だからその話はなかったことになる。」

清丸は下唇をかみしめて(うつむ)き、声を殺して涙をこぼした。

膝の上で握りしめたこぶしに涙がボトボトと落ちるのを時平は無表情に眺めていたが、内心は動揺していた。

(②へつづく)

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