EP300:竹丸と伊予の事件日記「誘惑の濁世(ゆうわくのじょくせ)」 その6
*****【伊予の事件簿】*****
和歌の解釈の文を返して以降、兄さまからの文がまた途絶えた。
あれからかれこれ一週間になるかしら?
雷鳴壺で女房の仕事をしてると、影男さんが文を持ってきてくれた。
開くと
「この和歌の解釈はどう思う?
『いかにせむ 今ひとたひの 逢ふことを よしのかりねの 一夜恋しき』
時平」
これはどーみたって!
恋の和歌でしょ?
解釈は
『どうすればもう一度、逢えるんだろう。葦を刈った根っこ(刈り根)の一節ではないが、たった一夜だけの仮寝が恋しい。』
でしょ!!!
でも、一夜ってことは兄さまが私との思い出を詠んだんじゃないわね?
しかも仮寝(うたたね)ってことは一夜の過ち?みたいなニュアンスもあるでしょ!
葦を『よし』に変えてるところがちょっとした工夫と言えなくもないけど、フツーっちゃフツーの歌。
物語でありがちの、身分違いの恋?とか、人妻との道ならぬ恋?とか、友人だと思ってた同僚に恋心?で同性愛?とか。
恋しいけど、もう一度逢うのは難しい状況って感じ?
もしかして斎宮との恋?在原業平みたいに?
それにしても誰が詠んだの?
お相手は誰???
女御とか御息所とか皇女とかの高貴な方?
気になってしょーがないっ!!
兄さま宛ての文に、和歌の解釈を書いたあとに
『誰が誰にあてた恋文なの?
秘めごとの匂いがプンプンするんだけどっ!
ぜひ教えてっ!!』
付け加えた。
う~~~ん、これじゃあただのゴシップ好きがテンション上がってるだけ?
色気も何もない・・・。
よし!書き直す。
『いかにせむ 今ひとたひの 逢ふことを 手折らればやな 宵の白菊
(どうすればもう一度逢えるの?あの時の宵の白菊のように手折られたいのに!)
伊予』
どう?
大丈夫・・・かな?
大胆過ぎ?
照れながら影男さんに文を渡すと三白眼でジロッと睨まれ
「なぜそんなに顔が赤いんですか?」
「へへへっ!!」
笑って受け流した。
数日間、文の返事を待っても、やっぱり来ない。
こーなったら最後の手段っ!!
竹丸にある文を書いた。
返事がすぐにきて
「x日なら大丈夫です。酉の刻(17時)でどうですか?陽明門で待ち合わせましょう!」
x日になり、竹丸と陽明門で落ち合い、さっそく目的地へ向かった。
竹丸に秘密裡に手引きしてもらい、目的の場所に身をひそめた。
あとは待つだけ!!
上手くいくかな~~~??!!!
ドキドキしすぎて息苦しくなり、ふぅ~~~~っ!!と大きく深呼吸する。
どれくらい待てばいいんだろう?
竹丸はどこにいるの?
他の人が入ってきたらどうすればいい?
驚くかな?
怒る?
追い払う?
それとも・・・・拒絶する?
一番あり得そうな反応を思いついて凹む。
でも頑張るっ!!
このまま何もしないで待ってるだけって辛すぎるっ!!
ふぅ~~~~っ!!
寝ないで待つぞぉ~~~!!
と鼻息を荒くして待ってたのにいつの間にか眠ってた。
気が付くと肩を揺すられ見下ろされて
「ここで何してる?」
って言われた。
「えっ??!!!驚かそうとしてたのに!!寝ちゃったっ!!」
我ながら緊張感への耐性のなさに凹む。
緊張しすぎると眠くなるよね?!
塗籠の中とはいえ、潜んだときはまだ外は明るく、妻戸の隙間から光が差し込んでたのに、今は母屋の灯台の明かりだけで、周囲全体が暗い。
家人に内緒で竹丸に手引きしてもらい、大納言邸の主殿の塗籠に潜伏してから、随分時間が経ったみたい。
「兄さまを待ってたの。」
顔を上げ、久しぶりに見つめ合いながら呟く。
薄墨色の目元は相変わらず筆で引いたように美しく、乱れた後れ毛が烏帽子から玉のような額に落ちてる。
肉の薄い唇は青ざめ、肌は青白く、どう見ても体調が悪そう。
少し口元を緩め、微笑んだと思ったのにすぐにキッ!と唇を引き結び、眉根を寄せ、痛みを堪えているように見えた。
ズキッ!
心が痛む。
逢いたくなかったの?
やっぱり拒絶するの?
でもっ!!
縋るような目で兄さまを見つめ
「追い払わないで!一緒にいたいの!」
(その7へつづく)