EP299:竹丸と伊予の事件日記「誘惑の濁世(ゆうわくのじょくせ)」 その5
*****【竹丸の日記】*****
イラついた口調で泉丸が
「私の反応を、微表情やしぐさを見てるのか?はっ!甘いなっ!そんなことで日記のありかが分かるものかっ!」
はぁっとため息が聞こえ若殿の低い声で
「では、何が望みだ?父上の日記と引き換えに何が欲しい?」
「望みなどないっ!日記の中身を世間に公表する前にお前に知らせ、存分に苦しめてやろうと思っただけだっ!!これが明るみになれば関白家の威信は地に落ち、長男であるお前の地位も安泰とは言えなくなるだろう!はっ!!いい気味だっ!」
ヒステリックに泉丸が吐き捨てた。
ガサッ!
衣擦れの音がし、ギシギシと床を踏みしめる音がした。
御簾越しに、暗い中の様子はよく見えないが、若殿が泉丸に近づいた気配。
「うっっぅうっ!!ぅんっっ!」
くぐもった声の後、ハァハァとあえぐ声。
えぇ????
何してんの?
見えないところで?
もしかして・・・・??
思わず鼓動が速くなる。
やば~~~~!
ヤバいところに居合わせてしまったぁっ!!
ど~~~しよ~~~~っ!!
冷や汗をかく。
荒い息の下、かすれ声で
「お前は、そ、その、初めてだろ・・わ、私が教えてやるから・・・・」
ゴソゴソもみ合ってる気配がしばらく続いたあと、口を塞がれて声を出しているような
「んっーーーーっ!!んんーーーっっ!!」
ドンドンッ!!
ガサガサッ!!
畳を足で蹴る音や、畳を擦って動く音がする。
若殿の鋭い叫び声で
「竹丸っ!!入ってこいっ!!主殿と塗籠を徹底的に探せっ!父上の日記を見つけるんだっ!!」
命じられ、慌てて御簾を押して入り、泉丸のいる畳を見る。
口に布を詰め込まれ猿ぐつわを噛まされ、横向きに転がされてる泉丸の姿があった。
ダランと垂れた水干の様子から帯がほどかれ、その帯で後ろ手に縛られたとわかる。
あちゃ~~~!!
高貴な美公達になんて無様な恰好をさせるんだっ!!
でもちょっといい気味っ!!!
溜飲が下がるぅ~~!!
思わずニヤついた。
命じられた通り、アチコチの箱を開けまくり、厨子棚の引き出しからそれらしい書を見つけた。
表に『堀河経日記』と書いてあるのでそれっぽい!
パラパラめくりながら
「見つけました!和歌がありました!」
若殿が満足したように頷き、近づきしゃがみ込んで泉丸の猿ぐつわを外した。
「日記は回収する。父上の名誉のためにも。騙して悪かったな。だが、お前が今まで私にした悪事に比べれば、お前を誘惑したことなど大した悪事じゃないだろ?」
泉丸が
「時平っ!!よくもっ!!まだあのガキが忘れられないのかっ!!」
後ろ手に縛られたまま、難なく上半身を起こし、座ったまま投げ出した足をドンドン畳に打ち付けながらわめいた。
「くそーーーーっっ!私をこんな目にあわせた事を後悔させてやるっ!!」
泉丸のわめき声を背中に聞きながら、サッサと屋敷から立ち去った。
(その6へつづく)