EP296:竹丸と伊予の事件日記「誘惑の濁世(ゆうわくのじょくせ)」 その2
*****【竹丸の日記】*****
堀河邸の侍所でゴロゴロしてると影男が文使いにやってきた。
受け取った文を、主殿で書を読んでいた若殿に渡すと、すぐに開いて読み
「やっぱり浄見もそう思うか。」
呟いたあと、片頬に笑みを浮かべた。
「なぜ宇多帝の姫にその和歌の解釈を訊ねたんですか?」
あっ!
しまった!
盗み読みしたのがバレバレっ!
まいっか、いつものことだし。
若殿は文箱の中から一枚の文を取り出し
「ん・・・?ああ、それはな、これを読んでみろ」
受け取った文には
『次の三首は、先日入手した、ある人物の日記に記されていた和歌だ。
これらの和歌が、一体何を意味するか分かるか?
同様の和歌が、まだ他にもその日記には記されていた。
これらの秘密を、世間に公表してよいものかどうかの、判断は大納言に任せる。
春の日の いともかしこき 光なる しのぶもぢずり みちのくにあり 元慶八年
(春の日の畏れ多い光のような、「しのぶもじずり」という乱れ模様の摺り衣は、陸奥にある。)
常もなき 夏の草葉に 行く人を 命とたのむ 蝉のはかなさ 貞観十七年
(常にあるとも限らない夏の草葉で行き交う人にすがる蝉は儚いものよ。)
宿りせし 花橘も 枯れはてん 故ほととぎす 声絶えぬらむ 仁和四年
(ほととぎすが宿っていた花橘が枯れてしまったので、ほととぎすの声が途絶えてしまったんだろう。)
泉丸』
はっ!!
として、またイヤ~~~な汗をかいた。
扇で自分をパタパタと扇ぎながら
「また泉丸ですかぁ~~?ウザ絡みされてますよねぇこのごろぉ~~!ってゆーか『ある人物の日記』って何ですか?なぜ若殿が公表するかの判断を任されるんですか?」
若殿は言うか言うまいかを躊躇ったあげく、低い声で
「お前が付き合っていた下女の蕨に先日、暇を出しただろ?そのあと、この堀河邸から父上の日記が紛失したんだ。」
はぁ?
恋人と称して私の雑舎の身の回りを引っかきまわし、刀子を盗んで若殿を呪詛の実行犯に仕立て上げようとした奴!!
おそらく泉丸の手先!!
思い出してムカムカしながら
「あいつが大殿(藤原基経)の日記を盗んで逃げたんですか??!!」
若殿が深刻な顔で頷き、
「私も泉丸からこの文を受け取るまで気づかなかった。もしやと思い調べると父上が死ぬ直前まで、こまめに書き付けていた日記が紛失してたんだ。」
怒り心頭で
「早く蕨を探し出して、検非違使庁に突き出しましょうっ!!そうですよっ!!刀子を盗んだんだからなぜ突き出さず、解雇にしただけだったんですかっ!!??」
肩をすくめ
「蕨は刀子を盗んだことを認めなかったし、お前に疑われて悲しいから一刻も早く堀河邸を去りたいと言われたんだ。泉丸の手先なら捕えて尋問してもよかったんだが、私が源昇を呪詛したという噂も立ち消えたから、深く追求する必要はないと思ったんだ。」
はぁ?
あの女子が無罪放免っ?
「絶~~~対っ、刀子を盗むために私を騙して近づいたんですっ!!私を好きだという素振りは微塵もありませんでしたっ!それに若殿の呪詛の疑いが、なぜ急に晴れたか知ってるんですか?私が影男から聞いたところによると、宇多帝の姫が四郎様(忠平)から毛抜祁僧都の呪詛記録帳を手に入れ、それを帝がご覧になり、口添えしてくれたからだそうですよっ!!!」
若殿が真顔でピタリと虚空の一点を見つめ黙り込んだ。
あっ?
地雷踏んだ?
もしかして知らなかったの?
一瞬、迷ったが、怒りに任せ最後まで言わずにはおれず、引き続き口を滑らせる。
「上皇の皇女を正室にしている四郎様が、泉丸側の人間であるあの四郎様が、自ら進んで若殿を助けようとしますか?宇多帝の姫がどんな手を使って冤罪の証拠を手に入れたか、想像に難くありませんよね?!!」
ギュッ!と眉根を寄せて、青ざめた、泣き出しそうな表情で
「・・・・もし、そうなら、本当に浄見が、四郎と、何かあったというなら・・・・いっそ、いっそ、その方がいい。」
えぇっ??!!!
そーなの?
そんなもん?
それとも本当に別れる気になったの?
青天の霹靂っっ!!
「どーしてですかっ!!もう姫のことを諦めたんですかっ??!!」
(その3へつづく)