EP295:竹丸と伊予の事件日記「誘惑の濁世(ゆうわくのじょくせ)」 その1
【あらすじ:謎の和歌の解釈を問う文を、ずっと無視されてる時平様から受け取った。それは時平様の父君で、今は亡き太政大臣・基経様の残した日記に、記されているものだった。表向きの解釈の裏に、基経様が込めた意味とは?拒絶され寂しい日々を過ごす私は、時平様とヨリを戻すことができるの?私は今日も濁った世界の欲望に、戸惑いつつも飲み込まれる!】
*****【伊予の事件簿】*****
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
*****【竹丸の日記】*****
私の名前は竹丸。
歳は十九になったばかりだ。
平安の現在、醍醐天皇の御代、政権首位の座につく一の大臣と言えばこの人!大納言・藤原時平様に仕える侍従である。
私の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中・・・・だったのは過去のこと。
現在は十六歳の妙齢の女性に成長した宇多帝の姫とイイ感じになったと思ったのも束の間、宇多帝の姫が『複数の恋人を持つ』宣言をしたり、時平様のご正室が自殺未遂したり、姫が他の男と深い仲になったと勘違いしたり、まぁ大変!
それに加えて、一番の弱点、『幼子のころから宇多帝の姫を愛し続けていること』が弟君にも敵(泉丸)にもバレたから凹み中。
逢いたくても、罪悪感で逢えない状況では仕事に没頭するしかない!
*****【伊予の事件簿】*****
高い雲が、波立った白紗のように、青空を途切れ途切れに覆い隠す。
時折吹く涼しい風が、まだ熱気が満ちる地表であえぐ私たちに、穏やかな季節の到来を仄めかした。
兄さまからは何の音沙汰もなく、かといって、他の男性に目をむけることもできない私は、一人寂しく長い夜を過ごしていた。
夜眠れなくて、何となく月を眺めて、恋しい人を想う。
よく和歌にある状況。
まさか、自分がそんなことをするなんて!
煌々と照らす明るい月を眺めながら、廊下で柱に背を持たせかけてボンヤリしてると、庭から影男さんが現れ
「何してるんですか?」
「ん?何だか眠れなくて。影男さんこそどうしたの?」
「これです。文を持ってきました。」
手渡された、縦に折って結んである文を開く。
「大舎人寮へ来た竹丸が私を名指しして文を届けさせました。よほど重要な内容なのでしょう。」
無表情な三白眼で眉だけを少し上げ、文をチラ見して興味を示す。
読んでみると
「『春の日の いともかしこき 光なる しのぶもぢずり みちのくにあり』
この和歌の解釈を教えて欲しい。
浄見の解釈を文で送ってくれないか。
ただし読み終えれば、この文は他人の目に触れないように、必ず焼き捨ててくれ。
時平」
ドキッ!!
久しぶりに兄さまの手蹟を見た気がする!
何?
私の解釈が知りたいの?
簡単よっっ!!
ええと・・・
『春の日の畏れ多いほど尊い光のような、「忍捩摺」という乱れ模様の摺り衣は、陸奥にある。』
って意味じゃない?
たしか、忍捩摺は陸奥の名産なのよね?
それが陸奥にあるからなんだってゆーの?
畏れ多いほど尊い光のような『摺り衣』って過剰な表現!
そんなにキレイな物なの?
一度見てみたいっ!!
う~~~ん。
兄さまがわざわざ聞いてくるってことは、何か深い意味でもあるの?
それに、和歌の解釈を訊ねるだけで、私の気持ちとか体調とか近況とかに興味無し?
ムッ!
としかけたけど、久しぶりの文のやり取りに
わーーーーいっ!!
ってすっかりテンションが上がって、すぐに和歌の解釈を紙に書き付け、影男さんに届けてもらうことにした。
ただしその文には
『もう一度、あなたと一緒に美しい月を見たいです。』
って付け足した。
あくまでサラッと短く!
粘着質なお願いはウザがられるだけっ!
兄さまが『もう一度逢いたい』って思ってくれるような魅力的な女子にならなきゃ!!
(その2へつづく)