EP294:竹丸と伊予の事件日記「物神の刀子(ぶっしんのとうす)」 その8
*****【竹丸の日記】*****
この頃よくそうするように、大納言邸の主殿で若殿が明け方まで書を読み、熱心に何かを書き付けながら夜を過ごしていると、御簾の外から声がした。
私は若殿のそばで寝っ転がりながら面白話がたくさんのってる『草子』を読みふけってた。
一応、若殿に頼まれごとをされればすぐに動けるように待機中ということで。
御簾の外から遠慮がちな低い声がした。
「大納言?そこにいるか?私だ。泉丸だ。話がある。」
チッ!
ちょっとイラっとしながらも
「はぁ~~~い!若殿は今仕事中です。」
御簾から顔を出し応対すると、いつみても神々しい泉丸の姿があった。
美人だけど、腹黒いんだよなぁ~~~!
宇多帝の姫を誘拐したし、私がまだ幼い時に、私を利用したことがあるし。
絶~~~対っ信用してはいけないっ!!
自分に言い聞かせるけど、思わず、蓮のような長い睫毛、後れ毛や耳飾り、口角の上がった薄紅色の唇、高い形のいい鼻、艶やかな白い肌にウットリと見とれてしまった。
そして、若殿に恋してる。
絶対に気を許してはいけないっ!!
若殿と宇多帝の姫を破局させるためならどんなに汚い手でも使う意思は明らか。
見とれるのをやめ、睨みつけながら
「面会ですか?予約してますか?」
泉丸は肩をすくめ
「えらく他人行儀だな!怒っているのか?竹丸?なぜ?」
暗闇のなか、靄がかかった三日月を背景に、まるで月から降臨した女神のように艶やかな微笑みを浮かべる。
ジメッと睨みつけながら黙ってると、後ろから
「竹丸!泉丸を入れてくれっ!!お前は下がっていいぞ!」
若殿が声を上げ、泉丸が御簾を押して入り、代わりに私が出ていった。
チェッ!!
追い払われたっ!!
ふくれっ面で立ち去ろうとしたけど、廊下の端まで来てふと立ち止まって、忍び足で引き返し、立ち聞きすることにした。
御簾の中から小さな声でボソボソと話すのが聞こえる。
もうちょっと声量上げてくれないかな?
ジリジリしながらも聞き耳を立てる。
若殿が
「何の用だ?」
「噂に困ってるんじゃないかと思ってね。助けてやる方法があるんだ。」
ピリッとした声で
「お前が悪い噂を流し、お前が助けてくれる?はっ!ありがたいなっ!!」
鼻で笑った。
「助けは必要ないのか?本当に?」
若殿が一段と低い声で
「何があろうとお前に泣きつくつもりはない。竹丸までだましやがってっ!呪物と似た刀子を与え喜ばせておいて、蕨をそそのかして盗ませ、呪詛の噂をばら撒くとはなっ!手段を選ばないやつらは本当に卑怯だな!人情だろうが信頼だろうが何でも利用する!蕨を竹丸に近づけたのも作戦のうちだろう?」
はぁ???!!
やっぱり蕨が私を好きだなんて嘘だったの?!!
まぁいいけど。
こっちもそんなに好きじゃないし・・・・ってあいつは刀子を盗むために近づいたのかっ!!
泉丸のヤツ~~~~っ!!!
友情の証しだなんて言っておいてっ!!!
どこまで私を馬鹿にするんだっ!!
今度は本気で腹が立ち、ムカムカが止まらなかった。
殴ってやりたいっ!!
しばらくの沈黙の後、若殿の鋭い怒鳴り声で
「何をするっ!!やめろっ!!」
「あれ以来、浄見とご無沙汰なんだろ?相手をしてやろうと思っただけだ。罪悪感?女子なんて見るのも嫌になったんじゃないか?」
泉丸がこちらに近づいてくる気配がし
「まぁいい。いつでも声をかけてくれればお相手してやる。じゃあな!」
ヤバいっ!!
急いで廊下を小走りし、その場を離れたけど、後姿は見られたっぽい!
泉丸が立ち去ったのを確認し、主殿に戻った。
若殿は何事もなかったかのように書に没頭してる。
ヘナヘナと座りこみ、ハァ~~~とため息をつき、
「やっぱりあの刀子は友情の証しじゃなかったんですね。若殿をハメる道具だったんですね。また利用されてしまいましたぁ~~~。」
若殿はボソッと
「物神は心を持たない『物』を神と崇める事だが、お前は冷たい美という『偶像』を崇拝せずにはいられないんだな」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
物神とは『呪力があるとして崇拝の対象とされる物』という意味だそうです。