EP292:竹丸と伊予の事件日記「物神の刀子(ぶっしんのとうす)」 その6
*****【伊予の事件簿】*****
「毛抜祁僧都の寺から出奔するついでに盗んだらしい。銭はいくらでも必要だからな。」
その呪詛記録帳には、呪詛を引き受けた日付、呪詛相手、呪詛依頼主、呪詛文言、使用した呪具、料金、が線で区切った部分にキチンと書かれていた。
たくさんある呪詛記録の中の一つに
『x月x日 源昇 大刀丸 源昇呪詛 刀子 五百文』
があり、指さして
「これのことね!x月x日って日付は今から一月以上前ってことね、じゃあ竹丸が泉丸に刀子をもらった二週間前には既に呪詛されてたってことだから兄さまも竹丸も無実ね!」
忠平様がウンとうなずく。
「毛抜祁僧都の筆跡が刀子に書かれたものと、この帳面とで一致したならますます動かぬ証拠だ。私が確認したのは毛抜祁僧都の筆跡だ。文をやり取りして手に入れたところ、この帳面の筆跡は本人のものだった。」
「じゃあ実際に呪ったのはこの大刀丸という人ね?大刀丸が泉丸の『親友』の一人で、竹丸と同じ刀子を持ってたのならやっぱり泉丸が黒幕の可能性もあるのね?」
眉をひそめ
「同じ職人が作ったというだけかも。伊予は香泉さまに厳しいな。」
だって~~~!
全ての元凶はあの人だものっ!!
「ありがとうっ!!忠平様っ!!これを帝にお見せすれば兄さまの無実の噂はあっというまに宮中に広がるわ!持って帰っていいんでしょ?!」
キラキラ目を輝かせてジッと見つめ、ガシッ!と呪詛記録帳を掴んで引っ張ろうとすると、忠平様が帳面の端を摘まんで引っ張り、すぐには離さない。
目を丸くして忠平様を見つめた。
「なぜ?これをくれるつもりだからここへ呼んだんでしょ?」
うつむいて、首を横に振り
「私がこれを落札したのは上皇に命じられたからだ。それがどういう意味かわかるか?」
ハッ!
まさかっ!!
「兄さまが呪詛したという噂を流したのは上皇とその一派?大納言を失脚させようとしてるの?」
眉をひそめ困惑した表情で
「こんな噂程度で失脚することはない。大納言の信用を傷つけ、公卿達に疑惑を持たせ、後の議定を上皇の懐刀である菅公一派が有利に進めようとしているだけだ。私がどちら側についているか、当然知っているだろ?私の立場では、この証拠で真実を世間に明るみにするわけにはいかない。」
はぁーーーーっ??!!!
証拠をくれるつもりがない??!!
イラっとして
「じゃあ何のために私を呼んだのよっっ!!」
真顔でボソッと
「だから、伊予に機会を与えている。この証拠を伊予に渡してもいいと思えるような、何をくれるんだ?」
ニヤケ顔一つ見せず、真剣な、低い声で見つめながら呟く。
冗談抜きでってこと?
笑って許してもらえないの?
「ま、まさか、本気なの?」
肩をすくめ
「何のことだ?本気で何をくれるって?」
私を見つめる瞳の奥に、ユラユラと光が煌めき、上気した頬の色は浅黒い肌を艶めかせた。
逢瀬が途絶えてから
ずっと兄さまを見つめていない。
そっくりな、美しい、薄墨色の目元、
引き締まった顎の線、肉の薄い頬。
薄い唇も、その奥の親密な部分も
似てるのかな?
ドキッ!
想像しただけで、動悸が激しくなった。
全身が脈うつ。
引き寄せられるように、頬に触れ、親指で唇をなぞった。
人さし指で唇の奥に触れる。
舌がその指を絡めとり、吸った。
兄さまだと思えば、大丈夫?
上半身を前に乗り出し、ゆっくりと唇を近づけた。
唇を重ねると、
グイッ!
舌が口の中に入ってくる。
(その7へつづく)