EP288:竹丸と伊予の事件日記「物神の刀子(ぶっしんのとうす)」 その2
*****【伊予の事件簿】*****
次の日、雷鳴壺の廊下で、庭を掃除してる影男さんとふと目が合ったのでペコリと会釈すると、スタスタと近づいてきて話しかけられた。
「竹丸のこと聞きましたか?」
「え?何かあったの?」
相変わらず無表情の三白眼でニヤニヤと口元だけを緩め
「どうやら恋人ができたらしいんです。雑舎に押し掛けて身の回りの世話をするぐらいの仲らしいんです。驚いたでしょう?」
えぇ??!!!
思わず
「男性?女性?」
口走ってしまった。
影男さんが目を丸くして
「そりゃぁ、女子ですよ!大納言邸で掃除や洗濯をする下女らしいです。向こうから猛烈な接近があって断り切れず了承し、付き合いだしたそうです。」
へぇ~~~~!!
ふ~~~~ん!!
竹丸もモテるんだぁ~~~!!
「へぇ!!よかったわね?!じゃあ、これからはあんまりこき使っちゃ悪いわね!」
もう竹丸を頼りにできないなぁ~~~。
それに、ちょっと寂しい。
幼馴染だしなぁ。
今度ゆっくり話を聞こう!
どんな女子か気になるしっ!!
うつむいてボンヤリする。
視線を感じてふと目を上げると、影男さんがジッと見つめてた。
油断して気の抜けた顔を見られてた!
恥ずかしくなって、
「何っ?どーしたの?」
三白眼の黒目が大きくなり、目の奥がギラっと漆黒に艶めく。
「寂しいならいつでも、そばにいてあげますよ。今夜はどうですか?」
は?!
寂しそうな顔してる?
目に見えてわかるほど?
焦って首をブンブン横に振り
「さ、寂しくなんてないわっ!!そばにいてくれなくて結構よっ!」
スッ!
手が伸び、ほっぺを摘ままれた。
微笑みながら
「嘘つき。いつでも胸と腕を貸しますよ、抱き枕に。人肌恋しいなら。
・・・・大納言とはしばらく会ってないんでしょう?」
アレコレ思い出して思わず赤面し
「胸も腕も要らないっ!余計なお世話よっ!!」
唾を飛ばして言い放った。
その日の午後、雷鳴壺に椛更衣の父君、源昇様が面会にやってきた。
奥の畳に椛更衣、対面して源昇様が座り、私は白湯と菓子のイチジクを給仕したあと、後ろに下がって廊下近くに控えた。
源昇様は端正な顔立ちながら、顔の部分一つ一つが整っているけど小ぶりで、全体として薄~~い印象の顔つき。
初対面の人には『あの人ちょび髭が生えてたなぁ』ぐらいしか印象に残らない感じ。
五十代前半の、上品そうな貴族で、確か、勘解由長官で伊予権守で参議で、あと何かいくつかの役職の頭を務めていらっしゃるお方。
源昇様が椛更衣に向かって慇懃に
「ご無沙汰しております。更衣様の周囲では異変はございませんか?」
椛更衣が扇で顔を隠しゆったりと間を取って答える。
「はい。父上。おかげさまで無事に過ごしております。」
「実は、最近、身の回りで不吉なことが続きましてな、更衣様のことが心配になりました。」
椛更衣は少し目を丸くし
「まぁ、何ですの?不吉な事って?」
源昇様は閉じたままの扇を唇に当て顔をしかめ
「実は、先日、出仕しようと門を出た途端、烏の死骸を牛車が踏むところでした。物忌みだ禊だ祓だと面倒なことになりました。それだけならよかったのですが・・・」
続きをすぐに言わず、椛更衣をジッと見つめ反応を待つ。
椛更衣がウンと頷き
「そ、それは!大変な事でございましたね・・・・え、ええと」
慌てて続きをひねり出してるそぶりを見せると、源昇様は声に抑揚をつけ、
「はい~~~。それだけでも十分不吉なのですが、それだけではなく、数日前のことですが、夕餉のウナギに家の者全員が当たりましてな、吐くわ下すわで、家じゅう大騒ぎになりました。ふぅ~~~~。全く、弱りきりました。」
さも大儀そうに首を横に振った。
えぇ~~~っ??!!
食中毒?
気をつけなくっちゃ!
椛更衣も現実的に想像したのか青ざめた顔で
「あら!それはそれは、大変な事でしたわね。父上のお加減はもう大丈夫ですの?仕(弟)たちは大丈夫ですの?」
ホッとため息をつき
「ええ。幸い皆、無事でした。そこで、陰陽師を呼び、占いで不吉の原因を探らせたのです。すると『呪物が屋敷内に持ち込まれている』との結果でした。呪物ですぞ!!我が屋敷に!!何と怖ろしいっ!!」
目をカッ!と見開いて恐怖の表情を浮かべる。
椛更衣は迫力に気おされ息をのみ黙り込んだ。
何っ?!!
どんな呪物??!!
我慢しきれず、親子の会話につい口を挟んでしまった。
「で、どうなさったんですかっ!!?」
(その3へつづく)