EP285:竹丸と伊予の事件日記「断絶の夢路(だんぜつのゆめじ)」 その6
*****【伊予の事件簿】*****
北の対の屋の廊下から北側の庭へ降り、北向きに走ると、使用人が普段の出入りに使う通用門があった。
辺りはすっかり夜の闇に包まれ、見つかる心配もなく屋敷の外に出ることができた。
忠平様が塀の外につないであった馬を一頭盗んできて、それに二人で乗り、枇杷屋敷に帰った。
枇杷屋敷につき、夕餉を頂くと、お腹もいっぱいになり
ホッ!
と落ち着くことができた。
白湯を飲み、ゆったりとした気分になれて、
安全な場所に帰ってこれたぁーーーーっっ!!!
ってしみじみ幸せをかみしめた。
ふと何気なく、うなじを触ると、手に何かが引っかかった。
ちなみに私は水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿。
何コレ?
短い毛の束?
分からないけど一応、袂に入れた。
忠平様がソワソワ・ウロウロ歩き回りながら
「伊予を誘拐したのは本当に香泉さまか?信じられない!」
「十中八九、泉丸の仕業よ!だって『誘拐して売り飛ばす』って脅されたことがあるし!」
頭を振りながら
「証拠がないっ!手下の仕業かもしれないだろっ?!あの人が自分の手を汚すとは考えられない。伊予をそこまで憎んでいるとも思えないし。たとえ、兄上のことを好きだとしても。最後まで誘拐を認めてなかったし。」
その時、馬の嘶く声が聞こえ、続いてドシドシと廊下を走って渡る数人分の足音がした。
御簾越しに管理の雑色が
「侍従様、大納言様がいらっしゃいました。」
御簾を勢いよく押し、兄さまと竹丸が入ってきた。
竹丸が私を指さし
「あっ!!姫っ!!やっぱりここだったんですか?若殿!やっぱり先にここを訪ねるべきだったんですよ!」
兄さまはこめかみに青筋をうかせ、瞼を痙攣させた怒りの表情で
「四郎、説明してくれ。お前が東市で伊予を拉致してここにつれてきたのか?」
忠平様は肩をすくめ
「全くどいつもこいつもっ!濡れ衣も甚だしいな!香泉さまの屋敷から伊予を救って安全な場所へ連れて帰ったのは誰だと思ってるんだ!」
「えぇっ!!やっぱり『呪物の競売』会場に拉致されてたんですか?どこに?人を隠しそうな場所なら全部探しましたけど!」
兄さまがニヤリと頬をゆがめて笑い、
「競売会場の、龍が描かれた屏風の後ろから、先に連れ出したというだけだろ?」
忠平様は『まぁね』というように頷いた。
竹丸は顎に指を当てウ~~ンと少し考えこみ、疑うような表情で
「でも、本当に泉丸が誘拐したんですか?証拠がないでしょ?!手下が勝手にやっただけかもしれないです!姫っ!拉致されたとき犯人を見ましたか?」
「後ろから首を腕で締め付けられたから、見てないわ!でも・・・・」
う~~~ん、証拠・・・ねぇ?
考えてハッと思い出した。
袂から、さっき見つけた短い毛の束を取り出した。
「これが証拠よっ!!後ろから腕で首を絞められた時、犯人の『付け睫毛』がうなじにくっついたの!泉丸の顔を見た?片方の睫毛が短かったでしょ?え?気づいてないの?でも、付け睫毛をしてて、私の首を絞めて気を失わせる人なんて泉丸しかいないじゃないっ!!」
竹丸が何かに気づいた顔で
「あっ!確かに泉丸の顔に違和感がありました!美人なのは同じでしたけど!なんかおかしいと思ったら、なるほど~~片方の睫毛が短かったのかぁ~~!」
付け睫毛を手に取り、三人がマジマジと見つめた。
忠平様がボソリと
「わかった。信じるよ。」
その後、兄さまが馬で私を内裏へ送り届けてくれることになった。
兄さまについていこうとしたら、忠平様が私の水干の袖を引っ張り引き留めた。
ヒソヒソ小声で
「伊予の本当の名前は、浄見、というんだな。兄上が若いころから通い詰めていた場所は、お前がいた宇多上皇の別邸、今の順子の屋敷だったんだな。それにお前たちは、その、昔から・・・」
目も合わせず、やましいことでもあるみたいにモゴモゴ言う。
(その7へつづく)