EP284:竹丸と伊予の事件日記「断絶の夢路(だんぜつのゆめじ)」 その5
*****【伊予の事件簿】*****
泉丸の声で
「全く、あきらめが悪いなぁ。何を疑っているんだ?私が伊予を誘拐してここへ隠したとでも言いたいのか?さんざん屋敷を探し回った挙句どこにもいなかったんだろ?なぜそんなに疑うんだ?」
「伊予から聞いたんだが、お前は私と伊予の仲を裂こうとしてるらしいな?逢引きしてるところを見つければ誘拐して田舎に売り飛ばすと言ったらしいじゃないか。」
兄さまの苛立った声。
ふぅ~~っと泉丸のため息。
「全く。時平、お前は惚れた女なら、どんな妄言でも信じるのか?そんなに腑抜けだったか?付き合いの長い私よりも付き合いはじめたばかりの女子を信じるというのか?」
低い、押し殺した兄さまの声で
「しらばっくれるな。お前は、伊予が『あの』浄見だと知ってるだろう?」
泉丸がわざと明るいおどけた声で
「何だって?浄見?兄上の別邸で隠し育てられていた少女か?あの子が伊予なのか?なぜ名前を変えて兄上から隠している?」
激高した声で
「もういいっ!!分かっているだろうっ!!上皇も浄見を狙っているからだっ!お前が浄見から手を引けば今日は許してやる。浄見の居場所を吐けっ!そして今後一切、浄見に危害を加えるなっ!」
「本当に私が誘拐したと思っているのか?バカげてるな。なぜ私が浄見を誘拐して田舎に売り飛ばす必要があるんだ?」
少しためらった後、兄さまが
「それは、お前が本当は、浄見を恋人にしたいからじゃないのか?」
泉丸が間髪入れず高らかに笑った
「はっはっ!!!それこそお笑い草だっ!!あの女を恋人にだって?考えられないなっ!!あんなつまらない、どこにでもウジャウジャいるような女っ!歯牙にもかけないよっ!!」
兄さまが一層声を潜め、ほとんど聞き取れないような声で
「そうか。じゃあ浄見が言ったことが正しかったんだな。」
「何っ?あいつが何といった?」
「お前が私を好きだと言ったんだ。だから浄見との仲を引き裂こうとしていると。」
長い沈黙。
ゴクリと息をのむ音がし、上ずった泉丸の声がした。
「何だと?私が、男色家だというのか?ご、誤解だっ!物部氏永を篭絡したから勘違いしたのかっ??!!違うっ!!・・・・いや、そうだとしても、お前のことをそんな風に見たことは無いっ!信じてくれっ!!」
兄さまがフッと息を吐き
「別にお前の性的嗜好はどうでもいいんだ。ただ、浄見を傷つけないでくれと頼んでいる。私たちをそっとしておいてくれと頼んでいる。」
静かに言い放った。
ヒステリックに上ずった声で
「はっ??!何様だお前はっ!お、お前はっ!!お前の方がよっぽど異常だろっ!!お前のしてることは何だっ!!浄見をずっと愛し続けているだと?!幼子の頃から?!幼女に恋愛感情だって?気色の悪いっ!!」
ギクッとして両手を握りしめた。
ダメッ!!
それ以上言っちゃ!!
「まさか、浄見が幼い、まだ小さい幼児のころから手を出していたんじゃないだろうなっ!!それこそケダモノの所業だっ!!お前の方がよっぽど姦悪で人倫に悖るだろっ!!偉そうに私に命令するなっ!!」
なっ!!なんてこと言うのっ!!
兄さまが一番気にしてることなのにっ!!
また私を突き放すかもっ!!
せっかく上手くいってたのにっ!!
隣で忠平様がゴクリと喉を鳴らした。
あぁーーーーっっ!!
ヤバいっっ!!
もしかして誤解された??!!
兄さまの名誉のためにもちゃんと言わなきゃっ!!
忠平様を見つめブンブンと首を、ちぎれそうなぐらい横に振る。
『そんなことしてないっ!!』
横目でチラッと私を見る目が、ちょっと引いてた気がする。
ヘンなものを見る目つき。
誤解されてるーーーっっ???!!!
妻戸の向こうでは、ショックを受けたのか、黙り込んだ兄さまがフラフラと立ち上がった気配があった。
「・・・・もういい。浄見は自分で探す。誘拐がお前の仕業だと分かれば一生縁を切る。」
兄さまが御簾を押して出ていった。
「待ってくれ!時平!違うんだっ!!」
泉丸が焦って呼びかけながら出ていった。
二人が出ていった後、気まずい沈黙があったけど、忠平様が
「今のうちに逃げよう。こっちだ!」
(その6へつづく)