EP280:竹丸と伊予の事件日記「断絶の夢路(だんぜつのゆめじ)」 その1
【あらすじ:東市で買い物している最中、後ろから誰かに襲われたと思ったら気を失ってた。気が付くと真っ暗い場所に連れてこられてたけど、ここはどこ?相変わらず無防備な私は、時平様の心変わりを今日も必死で食い止める!】
*****【伊予の事件簿】*****
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
*****【竹丸の日記】*****
私の名前は竹丸。
歳は十九になったばかりだ。
平安の現在、醍醐天皇の御代、政権首位の座につく一の大臣と言えばこの人!大納言・藤原時平様に仕える侍従である。
私の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中・・・・だったのは過去のこと。
現在は十六歳の妙齢の女性に成長した宇多帝の姫とイイ感じになったと思ったのも束の間、宇多帝の姫が『複数の恋人を持つ』宣言をしたからさぁ大変!
何やら不穏な空気が漂い、張り詰めた空気に満ちる時平様の剣幕という雷はいつどこに落ちても不思議じゃない!
*****【竹丸の日記】*****
ある日、宿直のハズの若殿が夕方ごろ堀河邸に帰ってきた。
私は侍所で待機して、夜は屋敷内外を見回りしたり、来客や文使いに対応したりする役目だったが、暑くてダルくてゴロゴロしてた。
寝っ転がってる私を見て
「出かけるぞ!ついてこいっ!」
いつの間にか宿直衣を狩衣に着替えた若殿が鋭く命じた。
馬を並んで歩かせながら
「どこへ行くんですかぁ?急ぎの用件ですか?」
夕餉前なので力が出ない!のでボソボソ話しかける。
若殿は真剣な顔で声に緊張を含み
「浄見が昼頃、東市へ買い物に出かけたまま、内裏へ帰っていないそうだ。どこにも寄らずまっすぐ宮中へ帰る予定だったのに。」
雷鳴壺でイチャつこうとしたらいなかったのね!
納得。
「四郎様の枇杷屋敷じゃないんですか?たしか四郎様も宇多帝の姫の恋人の一人ですよねぇ。」
若殿の傷ついた半泣きの顔が見たくてワザと嫌な事を言ってみたのに、顔色一つ変えず
「違う!今日は宿直だと伝えてあるから雷鳴壺で待っているはずだった。」
あゥッ!!!
なんかこの頃、姫に対してやけに強気な態度に戻ったなぁ。
つい先日まで、ちょっとした冗談に泣きべそかいてたのに!
残念っ!
楽しかったのになぁ~~!
虐めるの!
「で、これからどこへ行くんですか?当てはあるんですか?」
「お前は泉丸が営業する『比翼連理』の場所を知っているだろ?まずはそこへ行ってみる。案内してくれ。」
はぁ?
なぜ?
今さら恋人探し?
「いいですけど、営業時間は終わってるんじゃないですか?」
背筋が凍り付きそうな冷たい目で睨み付け
「泉丸が浄見を誘拐したかもしれんっ!あいつは私と浄見を引き離そうとしていると浄見が言ってたんだ。」
う~~ん。
確かに、群盗討伐から帰ってきた泉丸に、宇多帝の姫を牛車に呼び出してくれと頼まれ、その通りにしたとき、牛車の中から怒鳴り声が聞こえたなぁ。
姫は『泉丸を信用するな』と言ってたから、あのとき何かあったのかな?
泉丸についてすべてを知ってるわけじゃないけど、宇多帝の姫を傷つけるようなことするとは未だに考えられない。
何かよっぽどの理由があるの?
姫を嫌ってるとか?
わがままで内弁慶的に気が強くて他人に依存的、と欠点を数え上げればキリがないくらいダメダメ女子だけど、純粋で単純で善良だという点ではいい人。
見栄えのいい外見と大人しそうな第一印象に騙されて、男はつい扱いやすそうだと錯覚して口説きにかかるけど、実は嫉妬深いし、卑屈なところもあるからめんどくさい。
若殿は出会った時に無条件に刷り込まれて『宇多帝の姫を好き』だと思い込んでるけど、冷静に見ると、もっといい女子はこの世にたくさんいる。
とりあえず、さっさと姫を見つけるべく馬を駆けさせ、京の北西に位置する『比翼連理の仲介』業を営む、泉丸の屋敷に到着した。
二人で侍所を訪ね、私が声をかけようとすると若殿がグッと腕を掴み引き留めた。
対応してくれた警備の下人に向かって
「ええと、主に荷物を移動するよう命じられたんだが、今どこにあるんだ?」
ワケの分からないことを訊く。
(その2へつづく)