EP278:伊予の事件簿「霊験の水精(れいげんのすいせい)」 その7
竹丸が何でもないという風に
「あぁ、あれ、若殿ですよ。役所に提出する陳情書の書き方とかを教えてくれたんです。みんなをまとめてくれたし。以前から『霊験の水』の市での流通や販売者の動向を調べてたみたいです。」
あぁ!そっか!
と腑に落ちた。
市でよく女子にナンパされるって言ってたのってあの格好だから?!
あ、何かイヤな予感・・・!
まさか、『水の精』を見たって姫の寝所に忍び込んだりは・・・
してないよね?まさか?
疑心暗鬼。
私たちが竹丸と話してるのに気づいた兄さまが最後の一人を見送った後やってきた。
衣冠や狩衣と違って、直垂の袖は細く、袴に着込めてるので、均整の取れた体つきを露にし、肩や胸の筋肉がほど良く盛り上がってるのや、腰が高く足が長いところ、筋肉質なふくらはぎが形よく盛り上がってるところが、布越しにもハッキリと見て取れた。
贅肉が削げ落ち、全身が無駄のない筋肉だけで出来上がってる、芸術品の彫刻のような裸体を思い出し、一人で顔を赤らめた。
兄さまは私たちを見て
「茶々と伊予?ここで何してる?竹丸を心配して来たのか?」
茶々がやっぱりボンヤリと見とれてるので私が
「違うわ!野次馬しにきたの!『霊験の水』はもう手に入らなくなるの?製造業者が夜逃げしたんでしょ?」
「おそらくそうなるだろうな。でも儲かるとわかれば似たような商売を始めるものが出てくるだろう。」
茶々と竹丸が見てるのでハッキリとは言えず、モゴモゴと
「あのぉ、兄さま、二人で会えない?話したいことがあるの。」
兄さまはニコッと微笑み、
「じゃあ枇杷屋敷で待ってて。仕事が終わったらそこで会おう。」
は?
忠平様の別邸でしょ?
自分のみたいに!
思ったけど、
やっと、二人きりで会える!!
ってドキドキして
「じゃあ待ってるね!」
手を振って兄さまと竹丸と別れた。
まだ兄さまに見とれて動かない茶々を、無理やり引っ張って内裏に連れて帰った。
椛更衣に里帰りを願い出て、許可をもらって早速、枇杷屋敷に向かった。
途中色々な疑問が頭に浮かんだ。
『霊験の水』の中身は何?
塩、と柑橘が入ってるのはわかったけど、ヌルヌル成分は何?
なぜ薬効があるの?
とか、
『水の精』の正体は?
ホントにいるの?
それとも姫たちの幻覚?
とか。
一番うれしい報告の『廉子様のお許し』の文もちゃんと懐に入れて持っていった。
多分歩きながら飛び跳ねてた。
四半刻(30分)ぐらい歩いて枇杷屋敷に到着!
侍所で管理の雑色に挨拶して主殿に渡った。
しばらく一人で主殿で過ごしてると、管理の雑色の妻?と思われる侍女が白湯と甜瓜を持ってきてくれた。
そういえば侍所には夫妻の息子と思われる童もいた気がする。
夫婦で枇杷屋敷の管理を任されてるのね?!
思いながら甜瓜を摘まみ、白湯を飲んで待ってた。
トントントン!
早足で廊下を渡る足音が聞こえた。
ドキッ!
音のする廊下の方を見ると御簾を勢い良くあげて忠平様が入ってきた。
「伊予っ!!来てたんだなっ!嬉しいよっ!」
なぜっ?
知らせてないのに!
ビックリしてるうちにスタスタと近づいてきてギュッと抱きしめられた。
「なぜここにいることが分かったの?」
抱きしめる腕にギュッと力が入り
「んーーー、それは、当たり前だろ?何のために管理人を置いてると思ってる。」
童が知らせに走ったのね。
兄さまが来ることも知ってるのかしら?
上目遣いで様子を窺いながら
「ええと、そう!知ってる?『霊験の水』が・・・・」
今日見た弾正台での出来事をベラベラと切れ目なく話しだし、何とかそれ以上のことをされないように誤魔化した。
とっぷりと日が暮れて、夕餉を頂いたあとまでは、この作戦で場をつなげたんだけど・・・・。
もうそろそろ話題も限界!!
どーしよーーー!
忠平様がその気になったら!!
兄さまと待ち合わせしてるのにっ!!
このまま内裏に帰った方がいい???!!!
悩みながら帰る方向の御簾をチラチラみてると
「侍従様、上皇より文が届いております。」
忠平様が苛立って立ち上がり
「何っ?またかっ!!伊予がいるときにはなぜいつも邪魔が入るっ!!」
文を開いてサッと目を通し
「伊予。また、出かけることになった。ここで朝まで過ごしてくれ。明け方までには帰るから!今度は絶対に朝までいてくれ!なっ?!!」
私は曖昧にほほ笑みながらうなずき、『行ってらっしゃ~~い!!』ヒラヒラと手を振った。
忠平様が出ていくなり、逆の方向の廊下から
「やっと行ったか。案外気づかないもんだな。偽の命令もこれで三度目だが」
低くて硬い、体の芯に響く声がした。
(その8へつづく)




