EP276:伊予の事件簿「霊験の水精(れいげんのすいせい)」 その5
ふぅ~~ん。
じゃあ!
背伸びしてチュッと頬に口づけた。
影男さんにされたみたいに捕まえられないように、したあと素早く飛び離れる。
不満そうにブツブツと
「口づけした仲なのに、今さら、頬かよ!もっと・・・・」
愚痴る。
これって・・・
恋心を利用し、男性から物品をせしめてるなぁ~~
四方女と同じ手口だなぁ~~と罪悪感を感じたけど、
まぁいいか!
開き直った。
どうせ年取ればこの方法は使えないし。
内裏へ帰ろうとすると、雑色が忠平様に文を持ってきた。
文を開いて読んだ後、チッ!と舌打ちし
「伊予、今日はここに泊まっていけばいい。私は上皇の命で乙訓郡に出かけるから明日まで帰らない。ちょうどよかっただろ?」
皮肉気に微笑む。
「ありがとう!でも少し休んだら帰るわ!夜一人で過ごすのは怖いし。雑色がいてくれるとしても。」
「何か、いつも時宜が悪いなぁ」
頬をポリポリかきながらボヤいた。
忠平様を見送った後、お昼寝するなら塗籠で寝た方が安全かな?と思いついて、塗籠に主殿の畳を持っていって敷いた。
塗籠の妻戸を閉め、隙間だけ開けると、真っ暗な空間に薄い光がさし、ちょうどいい暗さになった。
寝転がって少しウトウトしてると、妻戸の向こうから
「浄見、そこにいる?」
低くて硬い声が響いた。
えっ?
寝ぼけながらも起き上がって
まだはっきりしない頭で
「兄さま?どうしてここにいるの?」
妻戸の向こうから
「ここの雑色に銭を握らせてる。浄見が来たらすぐに知らせてくれる。入っていい?」
ドキッ!
躊躇い、悩んだけど
「ダメ。まだ廉子様に許してもらえてないから。」
ふぅ~~~とため息が聞こえ
「そうだな。廉子の屑籠にやたら文が溜まってると思ったら、浄見のだったのか。」
ズキッ!
ショックを受け
「やっぱり読んでくれてない?」
「いいや。結んであるのをほどいた形跡はあったから、読んでると思うよ。」
「・・・・・・・」
黙ってるなんて時間がもったいない!
妻戸越しでも何でも、話さなきゃ!
「兄さま、お元気?体調とか、仕事とか、その・・・」
フフッと笑い声が聞こえ
「あぁ。元気だし、何かこの頃、市でよく女子に声をかけられる。この直垂が目立つのかな。雑色に変装してるのに。」
どんな格好なの?
気になったけど、会うわけにはいかない!
そりゃあ、兄さまは美男子だし
雑色だと思えば声をかける障壁も低くなるってもの。
誰でも声ぐらいかけるわよ!
ちょっとイラっとして
「浮気し放題なの?ふーーーーーーん。」
声にトゲが混じった。
妻戸越しにも、背を向ける気配がわかった。
「じゃ、もう行くよ。浮気・・・かぁ。そうだな、するかもな。浄見がはやく引き留めてくれなければ、寂しすぎて、誰でもいいからそばにいて欲しいと思うかも。」
はぁ????!!!!!
何ソレ?!!!
私のせいっ??!!
「今更でしょっ!妻が二人と恋人がたくさんいる人が言う事っ!!?今だってどーせ、相変わらず、さんざん遊んでるんでしょっ!!」
ツバを飛ばして言い放った。
「・・・ん?まぁ、・・・・そうだな。そうかもな。じゃ、もう行く。」
反論しないの?
怒ったの?
不安になり焦る。
それに、言わなきゃ!
ちゃんと伝えなきゃ!
「兄さまっ!待っててね!絶対、廉子様を説得するから!許してもらうから!それまで待っててね!!きっとよ!」
涙まじりの大声で叫んだ。
温かい液体が、ボロボロ頬をつたう。
誰も見てないし、どれだけ泣いても恥ずかしくない。
目が真っ赤でも、鼻水が出てても。
少し立ち止まった後、
立ち去った気配があった。
大好き。
いつもいつも、いなくなった瞬間に
思い知らされる。
魂が体から引きはがされるような気がする。
この人がいなければ、生きてる意味がない。
涙が乾くのを待って内裏へ帰った。
茶々に『霊験の水』を渡すと茶々は飲まずにずっと枕元に置いておくのだそう。
いつか美男子が現れるようにって祈るって言ってた。
その前に自分の枕元に一晩おいてみたけど、水の精は現れなかった。
残念!
見たかったなぁ~~~!
一尺(30cm)の美男子水の精!!
それからも、毎日、女房の仕事を終えると、廉子様へ文を書き続けた。
書くネタもとっくに尽きてたけど、たわいのない、茶々との会話とかなんでもいいからひねり出して書き続けた。
ある日、百一通目の文を書き終えくつろいでると、
影男さんが文を持ってきてくれた。
「大納言のご正室からだそうです。」
ドキッ!!
手渡され、震える手で受け取り、開いて読んでみる。
(その6へつづく)