EP275:伊予の事件簿「霊験の水精(れいげんのすいせい)」 その4
竹丸から四十文で買った水ね?
竹丸から連絡もないし、せっかく誘ってくれたし、茶々のためにも行ってみるか!
できれば頂いて帰ろう!
椛更衣にお許しをもらってすぐに枇杷屋敷に駆け付けた。
動きやすい水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿で。
大きい濃い影を地面に落とす枇杷の木を見て、門をくぐり
「いつ見ても立派だなぁ~~!遣水が近くにあるから、根を伸ばして水を吸い上げてるのね!だから成長がいいのね。へぇ~~~!」
と思いながら、主殿へ渡った。
主殿で御簾越しに声をかけると
「伊予!入ってくれ」
上機嫌な忠平様の声がする。
御簾を押して中に入ると、いきなり、竹筒から液体を茶碗に注ぎ、
「どうぞ!飲んでみてくれっ!!」
と差し出す。
茶碗の中には一見、普通の水に見える液体が入ってた。
匂いを嗅ぐと、少し酸っぱい柑橘の匂いがした。
「あのぉ~~できれば少し持って帰りたいんだけど。茶々が欲しがってるの。これだけしかないなら私はいらないから、これを戻して持って帰っていい?」
忠平様はちょっと動揺したように手をヒラヒラさせ
「いいやっ!!まだ竹筒に残ってるから、それを持って帰ればいい!伊予はそれを飲んでくれ!私も飲むから大丈夫、安心して飲んでくれ!」
自分の茶碗を持ちグビグビと飲み干した。
空になった茶碗をひっくり返して見せる。
毒は入ってなさそうね。
じゃあ!
少し口に含んでみた。
水よりしょっぱくて、柑橘の酸味がある。
後味で口の中にヌルヌルした感触が残った。
「何が入ってるの?塩?と柑橘の汁?はわかったけど、他に何が入ってるのかしら?」
私が飲むところをマジマジと眺めてた忠平様が
「飲んだな?よしっ!!」
拳を握りしめてる。
まさか・・・・
「一緒に飲めば恋愛成就?なんて噂を信じてるんじゃないでしょうね?」
嫌味っぽく言うと、照れもせずニヤニヤ笑い
「まぁいいさ。神頼みも効果があるかもしれない。聞いたところによると、この水は本当に不思議な力があるらしいし!
私の友人の貴族が、狙ってる姫にこれを贈ったんだよ。で、後日いよいよそういう事になった時、竹筒が軽くなってるのに気づいた。友人は一緒に飲もうと言ってたのに、姫が先に一人で飲んでしまったのかと思って、そう訊くと姫は『違う。触れてもいない』という。」
フムフム・・・・
「で、なぜ水が減ってたの?他の人が飲んだの?床にこぼしたとか?」
忠平様は首を横に振る。
「その姫曰く『寝ているときに冷たいもので頬を触られた感触があって、びっくりして目を覚ますと浅葱色(薄い藍色)の裃を着た一尺(30cm)ぐらいの小さい男が顔の近くにいた。小男は見つかると慌てて外に逃げ、気づくと竹筒が軽くなってた』というんだ。」
何?
小さい男?
頬を撫でられた?
「は?何?『霊験の水』から出てきた水の精だとでも言うの?」
うんと頷き
「そう。しかもその友人が言うには、恋人の姫だけじゃなく、ある貴族の姫の母親が良縁を求めて『霊験の水』を娘の枕元に置いておくと、次の日やっぱり水が減り、その娘が『夜中に浅葱の裃を着た美男子を見た』といったんだ。」
今度は小男じゃなく美男子になってるけど同じ?
一尺(30cm)の美男子?
でも二人も似たような証言があるってことは同じ水の精を見たってこと?
ふぅ~~~ん。
面白いっっっ!!
ちょっとテンションが上がり、
「私も見たい!枕元に置いておけばいいのね!茶々に渡す前にやってみる!」
ハイっと渡された竹筒を受け取り、
「ありがとうございます!じゃあ帰るね!」
顔を上げると、近くに忠平様の顔があった。
キラキラとした真剣な目で見つめられた。
肌が日焼けして浅黒いところが兄さまと違うけど、鼻の形とか、目が切れ長なところとかはそっくり。
顎の線がくっきりとして、頬が引き締まってるところも。
息がかかりそうな距離で見つめられても、和歌の師匠の時みたいな嫌悪感はない。
私って結構、『忠平様のこと嫌いじゃないのか』って気づいた。
目を逸らさずジッと見つめる私の視線に動揺したのか、真っ赤になりながらせわしなさそうにパチパチと瞬きをするので面白くなってますますマジマジと顔を見つめた。
耐えられなくなったように、目を逸らしながら
「伊予。お礼は?」
口をとがらせて呟く。
首をかしげ、フフン!と余裕を見せ
「何がいい?」
頬を染め、ソッポを向き
「そりゃあ!わかってるだろ!」
(その5へつづく)