EP274:伊予の事件簿「霊験の水精(れいげんのすいせい)」 その3
私が
「何?その前に『霊験の水』を持ってる?茶々が欲しがってるの。持ってるなら売ってくれない?」
竹丸がぽっちゃりした頬を少しゆがめニヤッと笑い
「えぇ!もちろんいいですよ!でも、こちらの頼み事も聞いてください。」
「私にできる事ならいいわよ!言ってみて!」
「実はこの木札を二百文で買ってくれれば、『霊験の水』を二十文でお譲りできます!」
はぁっ?
何ソレ?
「じゃあ『霊験の水』って二百二十文もするの?どれくらい入ってるの?」
「ええと、竹筒一本で半合(0.36L:平安時代)ぐらいですかね。」
「そんなの!嫌だわ!たかが水だし飲むんでしょ?すぐに飲み終わるのに高すぎるわ!もういいわ!茶々には無理だって言うから!」
竹丸が大慌てで汗をかき、両手を前で横に振り
「いえっ!待ってくださいっ!じゃあっ四十文でいいですよっ!!今だけっ!」
胡散臭い臭いがプンプンして、目を細め竹丸を冷ややかに見つめ
「なぜあなたが値段を自由につけられるの?何?変な商売でも始めたの?本当は一本いくらなの?」
ダラダラ顔中に汗をかき口をとがらせ
「は?何言ってるんですか?変な商売なんてしてませんっ!い、一本は・・・本当は、今なら三十文でもいいですよ!姫には特別!品薄なんですから~~~これでも安いほうです!」
「正直に言いなさいっ!!木札って何よっ!ホントは一本いくらなのっ!!」
ダラダラと汗が止まらないまま、はぁ~~~とため息をつき肩を落とし観念した竹丸が
「はいはい。正直に言いますと、一本二十文です。でも、この販売者資格木札があれば、親業者から一本十文で仕入れることができ、それを客に二十文以上で売ってもいいことになってるんです。」
「その販売者資格木札を二百文で買うワケ?」
ウンと頷き
「そう。一本二十文で二十本買えば四百文ですから、二十一本以上水を買うなら木札を持ってる方が得です。」
一本しかいらないなら損でしょ!
それに買ってくれる人を探さなくちゃいけないし!
竹丸が周囲を見回し声をひそめ
「誰にも内緒ですよ!もっとお得な情報があるんです!販売者資格木札を買うという人を親業者に紹介すれば、二百文のうち四十文は私のものになるんです!だから姫が木札を買ってくれれば、私は四十文儲かるんです!水は最悪買ってくれなくてもいいんです!木札さえ買ってくれれば!五人木札を買ってくれれば元は取れるし、六人目からは丸儲けなんです~~~!ヒッヒッヒ!」
ヨダレをたらさんばかりにニヤついてる。
「じゃあ『霊験の水』一本は二十文で売ってくれるのね?ってゆーか仕入れ値は十文ね?じゃあ十文でちょうだい!あと、木札は絶対買わない!水も一本しかいらないしっ!!銭の無駄よっ!!」
ムッとしながら言い張ると、竹丸は困ったように頭を掻き
「実は、今、手元に一本もないんです。最初に仕入れた三本は若殿、忠平様、大奥様にそれぞれ四十文で売りつけました。親業者のところへ取りに行っても、『品薄だから待ってくれ』といわれ、買い付けができない状態で。でも木札ならいつでも調達できると言われてるんです。」
それって~~~詐欺じゃないの?
本当に薬効のある水?
ただの水じゃないの?
いかがわしい臭いがプンプンする!!
「じゃあ手に入ったら一本十文で買うから!連絡してね!約束よ!」
「えぇ~~~!せめて二十文で買ってくださいよぉ~~~!」
ブウブウ不満を鳴らす竹丸に言い放って別れた。
茶々にはちょっと待ってもらわなくちゃ!
今すぐにと言われれば・・・・兄さまか忠平様に頼む?
親業者って誰?
まさか、また泉丸?
あり得る。
じゃあ絶対近づけないしなぁ。
どこから『霊験の水』を手に入れればいいんだろう。
考えつつも雷鳴壺に戻り、女房の仕事をしながらも、相変わらず廉子様への文に、何を書こうか?と悩んだ。
『・・・・・・・・・・廉子様の身に万が一のことが起これば、時平様は自分を責め、苦悩のあまり、今まで積み上げてきた全てのものを失うかもしれません。
家族や家を守るためにした身を削るような努力も忍耐も水の泡になってしまいます。
そんなお姿を見るのには廉子様も耐えきれないと思います。
ご自分を傷つけることは、時平様を傷つけるのと同じです。
時平様にとって廉子様は一番大切な、切っても切れない家族だと伺いました。
どうか、お恨みになるなら、私だけにしてください。』
ふぅ~~。
これでかれこれ七十通?
いつになったら許してくれるのかしら?
細長く折りたたみ、結んだ文を見つめ、ぼんやりしてると大舎人が文を届けてくれた。
読むと
『いいものが手に入った。『霊験の水』だ!伊予にも飲ませたいから至急、枇杷屋敷に来てくれ! 忠平』
(その4へつづく)




