EP273:伊予の事件簿「霊験の水精(れいげんのすいせい)」 その2
桐壺からお菓子を届けてくれたついでに私の房で、文机のそばに足を投げ出して座ってブラブラさせながら。
茶々が
「『霊験の水』っていうのがあるらしいのぉ~~!で、それがね、寝所に置いておくと意中の人と相思相愛になれるんだってぇ~~!でね、飲むと病気が治るとか、好きな人と一緒に飲むと恋愛成就するとかぁ、いいこと尽くしらしいのぉ~~。」
手を止めて、眉をひそめ
「そんな都合のいい薬があるの?今流行ってるの?もしホントなら貴重すぎて手に入らないんじゃない?」
「だからぁ~~、伊予に聞いてるのよ!大納言様とか上皇侍従様とか、太~~~い人脈があるでしょ?」
ムッとして
「大納言様とは簡単に会えないのっっ!・・・忠平様?はそうねぇ。文を出せば都合はつけてくれると思うけど。『霊験の水』を持ってるかどうかは知らないわよ!私に頼む前に桐壺更衣様の人脈は・・・・もう頼んだのね?」
ウンウンと何度も頷く茶々の姿が目に入った。
「だってぇ~~!この前の和歌の師匠も殺人鬼だったでしょ?その前の淡竹さんも貢がせてた姫にナニされちゃったし、遊び人だったし。
チッ!私って見る目が無いのよね。運も悪いしっ!!こうなったら神頼みや願掛けしかないじゃない!」
面長でほっそりとした顔に扁桃形の生気のある目を吊り上げ、悔しそうに歯ぎしりしながら大きい口を横にグイッと開き、それこそ鬼の形相で吐き捨てた。
怖~~~~っっ!!!
茶々が上目遣いでジッと見つめボソッと
「『比翼連理』って恋愛仲介所なんでしょ?行ってみたんでしょ?どうだった?良い男性が来てた?」
えぇ~~?
刃傷沙汰や詐欺被害まであった物騒なところなのに、まだ興味あるの?
困惑して
「ええとぉ、あそこはやめたほうがいいよ!そもそも『比翼連理』を運営してる代表者があまり信用できない人だし」
泉丸に関われば茶々の身の安全を保障できない!!
私だっていつ誘拐されるかもしれないのに!!
危険人物には近づかないに越したことは無い!!
茶々はますます疑わしそうに、扁桃形の目を三白眼の上目遣いにして睨み付け
「何よぉ~~!私が知らないとでも?伊予が竹丸を通して超美形の美男子と牛車で逢引きしてたのを!それが『比翼連理』の代表者でしょ?大内裏の情報網を舐めないでよねっ!!名前は?知り合いなの?その人が原因で大納言様と別れる事になったの?なぜ伊予ばっかりモテるの?」
矢継ぎ早に質問され、混乱で頭がいっぱいになったけど
「あの、まず、名前は泉丸。で、知り合いで『比翼連理』の代表者だけど、仲良くはないし、モテてるというより、敵意を持たれ嫌われてるといった方がいいかな。大納言様と別れる直接原因というわけでもない。あのときは竹丸に呼び出されて、牛車で話をしたんだけど、逢引きじゃなく脅迫されたの。竹丸は泉丸のいいなりだから信用できないときもあるの。」
ふぅ~~ん。
目を細めて鼻であしらった後
「じゃあ、泉丸を隠してたことは許すわっ!!そのかわり『霊験の水』を調達してちょーだいっ!あと誰でもいいから美男子も紹介してっ!!犯罪人じゃなければ誰でもいいわっ!泉丸でもねっ!!」
だから、泉丸は絶~~~~っ対っやめた方がいいってっ!!
危険な人だって!
あと、多分、好きなのは女性じゃないと思う。
とりあえず身近な人で『霊験の水』を調達できそうな人といえば・・・
竹丸!
思いついて、文を書いて、影男さんに手渡しながら
「影男さんは知ってる?『霊験の水』のこと?」
無表情な三白眼が少し揺れ、瞬きが多くなり
「い、いいえ、はっきりとは知りませんが、服用すると咳止め、たんきり、下痢止め、消炎、むくみの利尿に効用があるとされるそうですね。それと・・・・」
最後は赤くなってゴニョゴニョといい渋る。
そんなに照れるワケが分からず、じれったくなって
「知ってるわ!『寝所に置いておくと意中の人と相思相愛になれる!』でしょ?」
フフン!と得意になりながら、悪戯っぽく目を覗きこむ。
影男さんがキョトンとして私を見つめ、
「そ、そう!そうですね!そうですよ!ハハハッ!では竹丸に文を届けてきます。」
ヘンな感じで空笑いして立ち去った。
何なの??!!
竹丸から申の刻三つ(午後四時)に陽明門で会いましょうという文を受け取って、時間通りに陽明門へ向かった。
陽明門で待ってる竹丸に手を振る。
「あ~~!姫っ!ちょうどよかったです!私も姫に相談したいことがあったんです。」
(その3へつづく)