EP270:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その7
無表情の三白眼だけど影男さんがムッとしてるのが伝わった。
「東市へ行くはずだった茶々を桐壺で見かけ、問い詰めると『伊予は今夜は枇杷屋敷で過ごすって聞いたわ!忠平さまのお屋敷ですって』といわれ、上皇侍従の居所を掴むべく『宇多帝の別邸』へ出かけました。つくとちょうど門から竹丸が出てきたので捕まえ、この『枇杷屋敷』の場所を聞き出しました。」
「竹丸?も、私が枇杷屋敷にいることを知ってるの?」
ドキッ!
胸が躍る。
じゃあ!兄さまの命令で?
でも、そういえば、竹丸って泉丸の手先かもしれないのよね?
それに・・・・
「竹丸はどこへ行ったの?いないけど」
「主に報告に行ったんでしょう。今のうちに内裏へ戻りましょう」
ふぅん。
でも、ここにいれば、もしかしたら兄さまが来るかも?
ちょっと悩む。
私の迷いに気づき影男さんが
「全く!一体何がしたいんですか!大納言を忘れたいのか忘れたくないのかっ!!」
イラだった声で言い捨てた。
ズキンッ!
痛っっ!!!
胸に言葉が刺さるっっ!!
シュンとして
「はぁ~~い。帰りましょう。内裏へ。」
んっ?
袖に手を突っ込んで確かめるけど無いっ!!
「ちょっと待ってて!手巾を落としたみたいなのっ!取ってくる!」
言い残して門から入り、主殿に早足で渡った。
御簾を押して入ると、さっきまで誰もいなかった畳に、手枕で寝ころんでる狩衣姿の男性の姿があった。
ゴロン!
寝返りを打ち仰向けになったその男性が、手に手巾を持ちヒラヒラさせた。
「これ?忘れ物?」
もう一度寝返り、こっちに向き、肘をついて頭を支えた。
鼓動が激しく打つのを鎮めようと、ふうっと長い溜息を吐き出した。
筆で引いたような涼やかな薄墨色の目元、筋の通った鼻梁の細い鼻、薄い唇。
濃い紫色の狩衣に、濃緑の袴。
「四郎も頑張ってるなぁ!こんなにいい場所に、こんなにいい物件、よく見つけたよなぁ!」
ドキドキがうるさい!
呼吸が浅くなり
息苦しい
もう一度フッと息を吐き
「手巾を返してくださる?大納言様?」
「取りに来て!」
悪戯っぽく笑う。
近づいて膝をつき、
ヒラヒラさせてる手から
手巾を取ろうと手を伸ばした。
ギュッ!
腕を掴まれた。
兄さまが素早く体を起こし、私を床に押し倒した。
両腕を床に押さえつけ、息がかかる距離で、上から見つめられた。
怒っているような、寂しそうな、諦めたような目。
自分の胸が激しく、上下に波打つ。
苦しい。
息ができない。
途切れ途切れの声で震えながら
「・・・な、何をするの?大納言様?」
皮肉気に口をゆがめて笑い
「何って、影男の女を抱くだけだ」
投げやりに言い捨てながら、唇で口を覆った。
荒々しく、ぞんざいに、唇や舌を弄ぶ。
雑な、ぶっきらぼうな、口づけなのに、
体の奥が疼き、快感が溢れた。
思わず腰をくねらせ、喉の奥から声が漏れた。
唇を離し
「浄見が望んだように、浮気な男女の一夜の遊び、ならいいんだろ?」
兄さまの唇が頸筋を這う。
眩暈を覚え、快感に身を任せそうになった。
そのとき
「何をしてる?伊予どの?そこにいるのは大納言か?」
入り口から影男さんの声がした。
兄さまがすぐに唇を頸から離し、スッと身体を起こした。
「何だ。残念だな。いいところだったのに。もう少し見ていればよかったんだ。昔の私のように」
平然と呟いた。
「伊予どの、帰ろう。」
影男さんが早足で近づき、ボンヤリしている私の腕を取って立ち上がらせようとした。
何が起きたのか、思考が追い付かず、影男さんの手を振り切った。
「イヤ!」
(その8へつづく)