EP268:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その5
茶々がギクッとして固まり、頬をピクピクさせながら笑い
「ええとぉ、師匠がそもそも、色っぽい、肉感的な女性が好みらしくて、個人指導を受けたお気に入りの子たちは、みんな自分で『私脱いだら凄いんです!』とか言いそうな子たち。実際、衣越しにもふくよかに見えたわ。」
はぁ~~~~~~~~~~。
長い溜息がでた。
やっぱり!!!
私じゃ物足りなかったのね?
ふ~~~ん・・・・・
でも、もういいわ!
どーせ別れた人だしっ!
過去の人だしっ!!
関係ないっ!!
目に溜まった涙がこぼれないように、何度もパタパタと速く瞬きをして、茶々に気づかれないように、乾かそうとした。
茶々が気を使い、明るい声で話題をそらした。
「そうそう!で、私も師匠から『白氏文集』の『長恨歌』が入ってる部分の書を借りたんだけど、ちょっと変なところが気になって。伊予も知ってるでしょ?おかしい気がするんだけど、どこか分からないの。」
見せてくれた書にざっと目を通す。
確かに違和感があった。
記憶と比べてみると
「う~~ん、多分ここじゃないかな?
『御宇多年求不得 (天下統治の間長年に渡り求めていたが得られなかった)』
の後に
『無徳無善不如虚』
が書き加えられてる。
で、
『六宮粉黛無顔色 (宮中の奥御殿にいる女官たちは色あせて見えた)』
の後に
『將其肉撒上麵粉』
が、
『春寒賜浴華清池(彼女は春まだ寒い頃、華清池の温泉を賜った)』
の後に
『春寒賜浴華卵池』
が、
『温泉水滑洗凝脂 (温泉の水は滑らかで、きめ細かな白い肌を洗う)』
の後に
『温凝脂洗裹粉肉』
が書き加えられてるところが私が憶えてるのと違う気がする!」
茶々がふんふんと頷き
「で、それぞれどういう意味なの?『無徳無善不如虚』は『美徳も優しさもなく、空虚以上のものはない』って意味よね?『將其肉撒上麵粉』『春寒賜浴華卵池』『温凝脂洗裹粉肉』はどういう意味かしら?」
私もう~~~んと考え、ある答えがひらめいたけど、あまりにも荒唐無稽なので口に出せなかった。
「紀希与之が書き加えたのかな?それとも書き写すときに既に書いてあったのかな?」
考えこみながら呟く。
茶々が私の様子に気づき
「伊予?何かわかったの?わかったなら教えてよ~~~!」
肘でグイグイつかれて、仕方なく
「自信ないんだけど、『將其肉撒上麵粉』って『肉に小麦粉をまぶす』って意味で、『春寒賜浴華卵池』って『春まだ寒い頃、卵の池を賜った』って意味で、『温凝脂洗裹粉肉』って『粉をつけた肉を温めた油で洗う』って意味じゃないかな?」
茶々が驚いたように目を丸くし
「じゃ、料理方法なの?粉と玉子をまぶした肉を、油を使って温めるの?美味しいのかしら?想像がつかないわね!灯明の油を使うのかしら?大丈夫なの?そもそもあんなもの食べれるの?」
でも、料理方法だとしてもなぜ『長恨歌』に付け加えるの?
そして『無徳無善不如虚』は直前の『御宇多年求不得』と合わせると、宇多上皇に対して不敬な意味を持つのでは?まるで宇多上皇が『美徳も優しさもなく、空虚以上のものはない』みたいじゃない!
もし紀希与之がこれを付け加えたんだとしたら、朝廷に反抗的な人ってこと。
兄さまに伝えた方がいいかしら?
悩んだけど、もう終わった恋だし。
会えばまた、悲しくなるだけだし。
気にしないっ!!
全部忘れることにした。
次の日、茶々と一緒に東市へ出かける約束をして、水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿で陽明門で待ち合わせした。
茶々んちの牛車が来てくれるというので待ってると、この前とは違う牛車が目の前にとまった。
茶々がまだ桐壺から来てないので、牛のそばに立ってる四十ぐらいの牛飼童に
「茶々がまだなのだけど、茶々のお宅の車ですか?」
牛飼童が車箱に後ろから近づき御簾を上げ、中に向かって話しかけると、中から雑色姿の見知らぬ男が出てきた。
その男が愛想よく微笑みながら近づいてきて、
「ええ、うかがっております。さぁ乗ってください。」
にこやかだけど不自然に張り付いたような笑顔。
後ずさりして
「いえ、茶々が来るまでここで待ちます!」
脇に硬い物を押し当てられた感覚があり、見ると刀子だった。
「大人しく乗れっ!!さもないと血を見るぞ。」
私を誘拐しようとする人に思い当たる人は一人だけ。
泉丸の間者が梅壺で逢引きしてるのを見てたのね?
別にイチャついてたワケじゃないのに!!
別れ話してただけなのに!!
どこかの田舎に連れて行かれて、嫁として売り飛ばされるの?
(その6へつづく)