EP267:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その4
近いって!!!!
イヤだなぁ~~~!!
文机の上の、私の書いた和歌
『浅からぬ 色にそ見ゆる 紅の 涙ふりいつる 袖の初しほ』
(濃い紅に染まったように見える袖は、初めての涙に染められた袖の色なの!)
(作者注:ホントは「草根集_正徹[詞書] 初恋」by正徹です! )
を見て、紀希与之は眉を上げ感心したように
「ほぅ、なかなかいいですね。添削はありません。ですが、」
視線を御簾の向こうへやり
「私は池が唐紅に染まるときが最も興が乗ります。」
茶々が両手を合わせウットリした表情で
「紅葉が落ち、池の面を唐紅に染めるんですね!想像するだけで美しい景色ですわね~~!!」
紀希与之はふふと含み笑いをし、窪んだ眼が奥でキラリと光り
「では茶々さん、今度そんな和歌を詠んでみてください。」
茶々はウンと頷いて紀希与之に見惚れてた。
私に向かっては
「伊予さんは、もう少し数多く和歌を詠んでみてください」
とか言いながら、暑苦しい顔を近づけてくる。
距離が近いのをイヤがる女性がいないと思ってるのかしら?
今までよっぽどモテてきたの?
焚き染めた香の刺激臭にも気分が悪くなり、体をのけぞらせて後ろに引いた。
「近いですっ!!もっと離れてっ!!」
我慢にも限界がきて、とうとう強く言い放ってしまった。
茶々も紀希与之も気まずそうに顔を見合わせ、ちょうど線香が燃え尽きたのをいいことに
「では、今日はここまでとします。講習料は一人分で構いませんよ。」
紀希与之がひきつった笑みを浮かべながら言った。
帰りの牛車で茶々がウキウキと
「伊予は師匠のこと好みのタイプじゃなかった?でも彼を目当てに通い詰めて、親しくなろうと夜まで塗籠に潜んでた姫もいるらしいわよ!図書寮の官人で書にも造詣が深いから、私的にも蔵書がたくさんあって、その書を借りてその話で盛り上がって関係を深める、とかの方法もあるみたい!私も今度やってみよう!」
ふぅ~~~ん。
まぁ趣味は人それぞれだし。
私はもう行かないけど。
「でも、距離は近すぎるけど、お堅そうな文官だから色好みとかじゃなさそう。そこは良かったわね?頑張ってね!」
茶々を応援する気持ちだけは伝えた。
数日後、また『和歌詠み指南個別指導教室』へ出かけて帰ってきたらしい茶々と桐壺で、その話題になった。
「ねぇ~~!伊予ぉ~~!聞いてくれる?変な事聞いたんだけどぉ、師匠のね、お気に入りを自称する姫と話したんだけど、その子は気に入られて、主殿で個別指導を受けたんだって。でね、その後、続けざまに、他の男性貴族にも誘われて、お屋敷に行ったんだって。誰だと思う?」
「何?勿体付けるようなこと?誰?」
茶々が躊躇うように上目遣いで私を見て
「えぇ~~と、それが、大納言様だって言うの。伊予は確か別れたって言ってたし、問題ないんでしょ?」
はぁ?
兄さまが?
紀希与之のお気に入りの姫を屋敷に誘い出したの?
なぜ?
私のキョトンとした様子に気を使って
「あぁ!その子がそう言ってただけよ!本当のことは分からないわ!お屋敷に行ったからって、一晩過ごしたからって、ねぇ。別に何にもないかもしれないし。」
「えぇ?一晩過ごしたの?」
呆気にとられてショックで黙り込んでしまった。
茶々はもっと申し訳なさそうに
「あのぉ、で、それが、その子だけじゃなかったの。私たちが話してるところへ割り込んできた、師匠のお気に入りで主殿で個人指導を受けたって自慢してた別の子まで『大納言様に誘われ屋敷で一晩過ごした。でもそのことは口止めされた』って言ってたの。その子が言うには他にも主殿で個人指導受けた子はみんな大納言様にも誘われたんですって。」
・・・・・・。
ショックすぎて言葉も出ない。
もう立ち直って女遊びっっ????!!!!
早すぎないっっ???!!!
こっちはまだ失恋の傷がジクジクしてるのに!!!
他の男の人に目がいかないのに!!
そんな人だと思わなかった!!
ちょっと気になって
「その子たちってどんな子?特徴は?私に似てたりする?」
(その5へつづく)