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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見の事件譚(推理・ミステリー・恋愛)
266/505

EP266:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その3

低い声でボソリと

「影男とはどうなった?あれから、何かあった?その・・・・進展というか、」


嘘がバレないように振り向かず、できるだけ、平静を装って

「ええと、まぁ、そうね、晴れて、ちゃんと、こ、恋人?になった、かな?強いて言えば。

・・・兄さまこそ、廉子(やすこ)様とうまくいってる?毎日キチンと帰ってる?ちゃんと夫婦として過ごしてる?」


声が震えずに

最後まで言えた。


ゴクリと息をのむ音がし、掠れた、低い、尖った声で

「あ・・・あぁ。毎日、帰ってるし、一緒に寝てる。ちゃんと、・・・・夫婦がすることを、してる。」


ズキズキする。

心が痛い。

息ができない。


自分で訊いておいて

答えにショックを受けるって

バカじゃないの?


スッ!

袖が軽くなった。


引き留める手が無くなった。


「じゃあね、大納言様。お元気で。」


「あぁ。伊予も。」


素早く几帳をどけ、できるだけ早くその場から立ち去った。

一度も振り返らず

前だけを見て早足で。

涙でぐしゃぐしゃの顔を誰にも見られたくない!


雷鳴壺で私の顔を見た椛更衣が

「まぁ!」


目を丸くした後、悲しそうに笑いながら、両手を広げ

「おいで!」


私よりも小さい椛更衣の胸に飛び込みギュッと抱きついた。

顔をうずめ、思い切り涙を流した。

背中と頭をゆっくりと撫でてくれながら

「よしよし。好きなだけ泣きなさい。」



 数日後、茶々(ちゃちゃ)と『和歌(うた)詠み指南個別指導教室』へ出かける当日になった。

茶々(ちゃちゃ)の実家から牛車を手配してもらい、陽明門へつけてもらって、二人で乗り込んだ。

(きの)希与之(きよし)様の屋敷だと思われる『和歌(うた)詠み指南個別指導教室』へ到着すると、対の屋が三つはありそうな、(きの)希与之(きよし)様の身分からいうと広いお屋敷だった。

侍所(さむらいどころ)の雑色が東の対の屋へ案内してくれた。

主殿の前に広がる庭は大納言邸よりは狭いけれど、神仙蓬莱(しんせんほうらい)石組で、特に遣水(やりみず)を引いた池が主殿の階段に迫るほど広いのが特徴的だった。

神仙(しんせん)島を()した池の中の島に植えてある(かえで)の木は紅葉の時期には、池面に葉を落とし、中央の蓬莱(ほうらい)島に見立てた岩とともに美しい一枚の絵になりそう!

夏には池面いっぱいに茂っていたと見える蓮の茶色く枯れた茎や葉が季節の移ろいを感じさせた。


東の対の屋は几帳と屏風で六房(ろくへや)ぐらいに仕切ってあり、その一つに案内された。

文机が一つ、紙、筆、硯と墨、水瓶、が揃ってた。

茶々(ちゃちゃ)

「私たちは二人でひとつの(へや)でいいわ!一緒に師匠に教えてもらうから!」


雑色はハイと頷き

「では、ここでお待ちください。和歌(うた)を五首以上はすでに詠んでこられましたね?その添削をうちの師匠がさせていただくという形になります。ええ、お相手の時間はこの線香一本分となっております。燃え尽きましたら終了でございます。前の方が終わり次第、師匠が参ります。」


陶器でできた、杯に穴が開いたようなお洒落な線香立てに線香を挿して立ち去った。


「ワクワクする~~~!茶々(ちゃちゃ)どんな和歌(うた)を詠んできたの?」


茶々(ちゃちゃ)が詠んだ和歌(うた)を見せてもらってフムフムと眺めてるうちに、刺激の強い香の匂いが鼻をつき、衣擦(きぬず)れの音がする方を見ると、狩衣姿の男性が御簾を持ち上げ中に入ってきた。


(きの)希与之(きよし)と申します。和歌(うた)の詠み方指南に参りました。よろしくお願いします。」


丁寧に頭を下げた。


(きの)希与之(きよし)は、角ばった頬骨、角ばった顎、鼻筋が少し曲がった高い鼻、顔の輪郭は細長く、彫りの深い、黒目がちの目元が美男子(イケメン)といえなくもない三十前後の男性だった。

茶々(ちゃちゃ)を見るとぼぉっと見とれてるので、好みには合ってたみたいだから良かったけど。


私たち二人を交互にチラチラ見て

「どちらの和歌(うた)を添削すればいいのですか?」

微笑みながら艶っぽく話しかけた。


「はーーーいっ!!」

茶々(ちゃちゃ)が嬉々として手を上げ和歌(うた)を書き付けた紙を見せた。


「ふむ、そうですね。なかなかいい和歌(うた)ですが、ここはこうしたほうが・・・・・」


二人で顔を寄せ合い、ボソボソと話し込みながら、顔を上げ見つめ合ったり、紙を指さして頷いたり、『へぇ~~~!』って感嘆の声を上げたりして盛り上がってた。

(きの)希与之(きよし)茶々(ちゃちゃ)の頭を『よしよし!』するように撫でたり、茶々(ちゃちゃ)(きの)希与之(きよし)の肩をポンポン触ったり、(はた)から見ると恋人同士がイチャついてるみたい。


はぁ?

いいの?

初めて会った人との距離とは思えない!

近すぎるっっ!


私は引き気味で、退屈だから文机に肘をついて、筆の尻で顎を掻きながら、何か思いついた和歌(うた)でも書こうかなって考えてた。


さっきの雑色が御簾越しに

(きの)希与之(きよし)さま。離宮八幡宮から買い付ける油の量は一合(0.72L:平安時代)多く買い付けますか?」


(きの)希与之(きよし)はテキパキとした口調で

「そうだ。いつものように。」

と答えた。


思いついて、サラサラと紙に文字を書いたのを見た(きの)希与之(きよし)が私に気づき

「あなたのも見てあげましょう。」


呟いて文机のそばまで来て顔を近づけて覗きこむ。

(その4へつづく)

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