EP265:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その2
考えながら雷鳴壺に帰る途中、梅壺(使われてない対の屋)に差し掛かった。
誰も使っていないから御簾もかかっておらず、あまった几帳や屏風や衝立が沢山、整然と並べられてて、物置のようになってる。
普段は一方向に置かれてるそれらが、四角く並べられて房のようになってた。
好奇心がムクムクと頭をもたげた。
誰かが休憩のために作ったのかな?
ちょっと覗いてみようっ!
足音を立てないように近づいて、膝をつき、几帳の帷をたわめて中を覗くと、
冠、直衣姿の貴族が手枕をして、少し背を丸めて寝ころんでる後姿があった。
スースーと寝息を立てている。
ドキッ!!
寝姿の後姿でもすぐにわかる。
起きてるときはあんなに姿勢よく真っ直ぐな背中が少し丸まってる。
疲れて休憩してるのね?
『お疲れ様』
心の中で呟く。
起こさないようにそうっと帷を下ろし、ゆっくり立ち上がった。
ソロソロとその場を離れようとすると、衣の裾が引っ張られた気がした。
几帳の脚に引っかかったのかな?
振り向くと帷の裾が持ち上がり袿を掴む手が見えた。
誰かに見られてないか(特に泉丸の間者)気にして、キョロキョロ見回した後、すばやく几帳をずらして房へ入った。
兄さまは身を起こして胡坐をかいて座って、眠そうに目をこすりながら
「浄見を待ってたら眠ってしまった。」
寝ぼけたようにムニャムニャ呟き、ニッコリと微笑んだ。
いつから私を待ってたの?
お仕事大変そうね?
目の下に隈がある!疲れてるの?
夜ちゃんと眠れてる?
体調は平気?
群盗を捕まえるときに怪我しなかった?
グルグルと頭の中は聞きたいことでいっぱいだったのに、いざ目の前にすると、緊張して何も話せなくなった。
二人して気まずい沈黙に耐えてると、
「久しぶり。元気だった?」
硬い、いつもより、上ずった兄さまの声。
体の芯に響いて、胸が高鳴った。
「はい。大納言様も、群盗討伐、ご苦労様でした。ご無事で何よりです。ふふっ!竹丸が、若殿は武功をたてたけど偽名だから出世には関係ないってボヤいてた。」
ドギマギして真っ直ぐに目が見れず、胡坐をかいた足先の床に視線を落とした。
兄さまは腕を組み
「だけど、本当に活躍したのは泉丸なんだ。あいつが八年かけて物部氏永の群盗仲間になって信頼させ、最後に裏切ってくれたから捕まえることができたんだ。大した奴だよ!」
そうなの?!
八年かけて??!!凄いっ!!
感心しかけたけど
ハッ!と思わず顔を上げ
「ダメよ!信用しちゃ!廉子様を『牛車の女子』に仕立てたのは泉丸だったのよ!廉子様をそそのかして、兄さまが一番嫌がる方法を教えたって言ってたもの!内裏の女儒に盗み聞きさせたのもそうよっ!私たちの仲を裂こうとしてっ!!」
疑わしそうに眉をひそめ
「えぇ?泉丸が?なぜそんなことをする必要があるんだ?それに、いつ、あいつに会ったんだ?まさか・・・・陽明門で竹丸と話してたときか?」
ウンと頷き
「あの前に、竹丸から文をもらって、牛車に入ったら中に泉丸がいたの。兄さまと別れたはずなのにまだ会ってるのかって責められて、今度、隠れて逢引きしてるのを見たら捕まえて田舎に売り飛ばすって脅された。」
上目づかいで、反応を窺った。
ますます、眉をひそめ怪訝な顔で
「本当に?なぜあいつが私たちの仲を裂く必要があるんだ?廉子をそそのかしてまで。
確か、浄見の存在は六歳のころから知ってたんだよな・・・もしかして、顔を見て伊予が浄見だと気づいた?
なら、なぜ上皇に黙ってるんだ?上皇が浄見を探していることも知ってるはずなのに。」
「え?そうなの?六歳の頃に会ってるの?憶えてないわ!だから『浄見』って名前を知ってたのね?」
腑に落ちたけど、なぜ私たちを別れさせようとしてるか、説明すべき?
兄さまがハッと何かに気づいたように顔を上げ私をジッと見つめ
「まさか、浄見を手に入れようとしてるのか?恋人にしようと企んでいるのかっ?!!」
ハイ~~~やっぱり気づいてない~~~!
泉丸の努力空回り~~~~!
見当違いも甚だしい!
ふぅ~~~。とため息をつき
「泉丸は私じゃなく、兄さまに愛してほしくて、宇多上皇に褒めて欲しくて、頑張ってるんだって。だから私がいると邪魔なんだって。」
キョトンとした顔。
「はぁ?どーゆー意味だ?」
「だから、そーゆー意味でしょ。」
疑い深そうに険しい表情に戻りブツブツと
「サッパリわからんな。あいつ・・・・何を企んでいるんだ?私を騙して何をしようとしてるんだ。そういえば物部氏永も作戦のために篭絡したと言ってたな。」
報われない想いね。
泉丸がちょっと可哀想。
アッと思い出し、
「だから、一緒にいるところを泉丸の女儒に見つかったら大変!もう行くわねっ!!」
急いで立ち上がり背を向けた。
嬉しかった!久しぶりに話せて!
やっぱり一番好き!
一緒にいるだけで幸せ!!
口に出せない言葉ばかりが胸に溜まっていく。
ギュッ!
今度は袖を掴まれた。
(その3へつづく)