EP264:伊予の事件簿「初入の袖(はつしおのそで)」 その1
【あらすじ:今流行りの『和歌詠み指南個別指導教室』に友人の女房・茶々と行ってみることにした。和歌を教えてくれる師匠とやらは、漢詩・和歌に造詣が深い上に、やたら距離が近くてウザいだけじゃなく、マニアックな趣味までありそうな雰囲気ヤバめの文官。嘘ついてまで時平様と別れを決意した私は今日も半泣きで暮らす!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
忍び寄る嵐の先触れである暴風が木々をなぶり、草花をなぎ倒し弄ぶ。
雨が降ればすぐに川の増水や決壊、家屋への浸水を心配しなければならない。
明日が今日の延長であることを、安穏と期待できない、世の中の脆さ、命の儚さに憂いを覚えた。
漠然とした不安を打ち消そうと、いつも前向きな茶々のいる桐壺へ遊びに行った。
まぁ、『お使い』という名目でおしゃべりしに行ったんだけどね。
桐壺につくと御簾はあげられてて、中には茶々が桐壺更衣と一緒に、文机を前に、筆を持ち紙に向って
「う~~~~ん」
と考え込んでた。
茶々が面長でほっそりとした顔をあげ、私に気づくと扁桃形の生気のある目を輝かせ
「あっ!伊予っ!ちょうどいいところに来たわね!この和歌これでいいと思う?」
手招きされるので、桐壺更衣に挨拶し、茶々の文机のそばまで近寄ると、和歌を四五首書き付けた紙が置いてある。
ざっと目を通してみるけど、どこが良いとか悪いとかあんまり違いが分からない。
「そうねぇ、これとこれは面白いわね。」
一応、自分の趣味で、イイ感じの和歌を指さした。
「そっかぁ!伊予はこういうのが好きなのぉ~~!へぇ~~~!」
「一体なぜ和歌を作ってるの?歌合でもあるの?」
茶々は大きな口をザックリと開けて快活に笑い
「そう!その歌合がいつあってもいいように、準備しておくの!勉強のために、今流行りの『和歌詠み指南個別指導教室』へ申し込んだんだけど、そこで恥かかないように一所懸命勉強してるってワケ!」
「えぇ~~?和歌の詠み方指南?の教室に行く前に自分で勉強してるの?教えてもらえるんじゃないの?」
桐壺更衣が大人の拳ぐらいしかない小さな顔にまつ毛だけがあるように見える目じりの下がった目を可憐に細めて微笑み
「ねぇ?伊予もおかしいと思うでしょ?茶々ったらそのお教室の師匠が若くて美男子だからって、嫌われないように必死なの!あわよくば恋人にって狙ってるそうよ!」
「あっ!!更衣様!バラさないでくださいませっ!!」
真っ赤になって慌てる茶々はいつみても純情で可愛い!
「ふ~~ん。そうなんだぁ。そんな教室があるのね。」
面白そう!!
茶々が警戒して口をとがらせ
「伊予は恋人には困らないから恋文も書かないでしょ?行く必要もないしぃ~~!」
ちょっとムッとして
「私も行ってみたいわ!いつ?どうすれば行けるの?一緒に連れて行ってよぉ~~!」
茶々は声をひそめ
「いいけど、師匠は狙っちゃダメよ!私が先に目をつけたんだから!」
「分かってますって!でもそれだけ美男子なら既に恋人が山ほどいるんじゃないの?」
怪訝な顔をし
「それはそうみたいなんだけど、そこに通ってる子に聞いたところによると、師匠と付き合ってるって自慢してた子が次々と行方不明になってるそうなの。」
えぇ?
何だか不穏。
「連絡が取れなくなってるの?引っ越したとかじゃなく?」
困惑した表情で
「う~~~ん、私もよく知らないから、『和歌詠み指南個別指導教室』に行ったとき、師匠に話を聞いてみましょっ!!伊予も予約しておいてあげるっ!きゃーーーーっっ!テンション上がる~~~っっ!!楽しみ~~~~っっ!!くぅ~~~~っっ!!」
最後は黄色い声を上げ、両手の拳を握りしめ、ブンブン振って身もだえてる。
茶々の嬉しそうな表情につられてワクワクと楽しみになり憂鬱な気分が少し良くなった。
桐壺更衣も指をくわえて羨ましがってるように見えたのは気のせい?
茶々の話ではその和歌詠み指南の師匠は身分は高くないけど大内裏に勤める官人で、確か図書寮(国家の蔵書を管理する。管理事務を補助するため書物を書き写す写書手や書物の装丁を行う装潢手が属す)の使部を務めている紀希与之という人。
和歌を教わりたい生徒を募集し、一回いくらという銭を取って個別で教えてくれるらしい。
銭さえ払えば身分は分け隔てなく、宮中の女房や貴族の妻子・侍女でも、商人や漁師や農民の子女でもいいらしい。
さすがに女御様とか更衣様は無理だろうけど。
アレ?女性ばっかりって男性はダメなのかしら?
(その2へつづく)