EP263:竹丸と伊予の事件日記「鞍替えの群盗(くらがえのぐんとう)」 その12
*****【伊予の事件簿】*****
泉丸が口の端だけを上げ、睨みつけたまま不自然にほほ笑む。
「兄上から求められ、時平に愛される・・・・
なぜお前なんだ?
なぜ私じゃないんだ!
愛されるべきなのは、私だろうっ!!
わかるか?だってそうだろう!私がっ!!・・・・私が、東国で、好きでもない粗野な、盗賊野郎に体中を撫でまわされている間、吐き気をこらえている間、お前は京で何をしていた?
お前は時平に愛され、腕の中で眠っていただけだろっ!!
どう考えてもおかしいっ!!」
手を伸ばし私の頬を片手でグイッと鷲掴みにし、引き寄せた。
ジロジロと私の顔を、隅々まで点検するように見定めたあと、
「こんな、見た目だって顔だって大したことない、チンチクリンのガキがっ!
役に立つわけでもなく、頭も悪そうな・・・・
なのに兄上と時平は、なぜずっとお前に夢中なんだ?」
は??!!
そんなこと知らないわよっ!!
兄さまに愛されてるから嫉妬してるの?!
宇多上皇に狙われてるから嫉妬してるの?!
頬を片手で挟まれてるので上手く話せないけど
「そっそんなのっ!私のせいじゃないでしょっ!!それに!私だって一年前までは兄さまと離れ離れだったのよ!やっと付き合えるようになったのにっ!!」
泉丸が鼻の横に皺をよせ、侮蔑の表情を浮かべ
「だからどうした?時平が幼いころからお前に夢中だったことは、あの屋敷では周知の事実。私がこの十年、何をしてもあいつにとってはそよ風ほどの影響もない。」
そ、それは・・・
そもそも・・・
あなたが男性だからじゃないの?!
思ったけど口には出さない。
「兄上だって、褒めてはくれるが、それは私が役に立つからであって、功を成さなければすぐに見捨ててしまうだろう。
私が愛してほしいと願う唯一の人々は、なぜお前を愛するんだ?
お前がいなければいいのか?彼らの目の前から、この世から消えてしまえばいいのか?」
頬を掴んでいた手が首に降り、喉を押さえつけるように、指に力が入った。
恐怖と混乱で焦り、首を掴まれた手を引きはがそうと両手で掴むけど、びくともしない。
締め付けられているワケでもないのに、呼吸が浅くなり、息苦しくなった。
「ね?泉丸?聞いてちょうだいっ!!竹丸はあなたをいい人だって信じてる!こんなことする人じゃないって信じてるわ!竹丸を裏切らないでっ!!それに、兄さまとは、」
グッと指に力が入り、締め付けが強くなった。
「ゲホッ!ゴホッ!」
喉を押さえられ反射的に咳込むと、首を掴む手を放してくれた。
「に゛、に゛いさまとは、もう、・・・・」
「本当に会わないんだな?隠れてコソコソ会えば、ご正室に告げ口するだけじゃないぞ!お前を誘拐してどこかの田舎に嫁として売り飛ばしてやるっ!!」
怒りに満ちた激しい語気で吐き捨てた。
興奮で頬に赤みがさし、後れ毛が乱れて耳飾りに引っかかり、内面の動揺が露になっていても、その激高し潤んだ瞳は美しく、唇と頬をゆがめた顔でさえ一つの芸術品のように完璧だった。
美しすぎる女神なら本気で怒り狂っていたとしても、民衆はその姿に心を奪われ、彼女の怒りは受け止められず、宙に霧散するんじゃないかしら?
つい先ほど首を絞められかけたことなど忘れ、泉丸の罵る姿に見とれていると
「あのぉ~~~、姫ぇ~~~!泉丸ぅ~~~?大丈夫ですか?」
簾のそとから竹丸のビクビクした声が聞こえた。
泉丸が冷静な声で
「もう話は終わった。伊予どのは宮中へ帰る。」
顎を動かし、『出ていけ!』と合図するので、牛車からサッサと降りた。
陽明門まで竹丸がついて来て、上目遣いで私を見て
「泉丸と何か揉めてたんですか?怒鳴り声が聞こえましたけど。」
思い出して、無意識に喉を触った。
「ああ、べ、別に、何もなかったわ!ただ、兄さまとはもう別れたんだから、会わないようにって言われた。言われなくてもそうするつもりだし。」
不思議そうに
「なぜ泉丸が若殿と姫のことを気にするんですか?廉子様にも関係があるんですか?上皇に姫の存在をバラすことはないですか?」
「それは、大丈夫!廉子様とは知合いみたいね。」
泉丸は私に宇多上皇にも近づいてほしくなさそうだったし。
「兄さまと泉丸は長い付き合いなの?」
泉丸の兄さまへの想いは黙っていた方がいいよね?
「そうですけど、私も長い付き合いです!」
胸を反らして言い張る。
「竹丸、あまり泉丸のことを信用しないほうがいいわよ!いつか裏切られるかも!」
反論されるかと思ったのに、落ち込んだ表情で
「そうですね。物部氏永のようにはなりたくないですもん。」
陽明門に接する通りの、泉丸の牛車がある方向と反対側にふと目をやると、馬のそばにたたずむ、一人の狩衣姿の男性が目に入った。
ドキン
胸が鳴り、体中が脈打つ。
その男性から目が離せないまま、竹丸に
「兄さまも無事帰ってきたのよね?怪我もなく?」
「はい~~~!元気ですよぉ~~~!群盗成敗も成功しましたし!武勲をたてました!まぁ偽名だから意味ないですけど。」
胸のドキドキが止まらない。
ふぅ~~~と息を吐き、気持ちを落ち着けた。
泉丸が見ている前で近づくわけにもいかない。
ただじっと、その男性の方を見つめた。
思いを込めて。
その人も、こちらを見つめているような気がした。
ただ見つめ合うだけで
心が満たされた。
あの人がそこにいる
考えるだけで
幸せと喜びの
感情があふれる。
こんな風に、生きていけるのかもしれない
わずかな希望が
胸に萌した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
平良兼は平将門の伯父であって、上総国を父から受け継いだだけで、将門とは敵対したので、武家平氏の発端ではありますが、本人が反乱を起こしたわけではないので悪しからずご了承ください。




