EP262:竹丸と伊予の事件日記「鞍替えの群盗(くらがえのぐんとう)」 その11
*****【伊予の事件簿】*****
兄さまが東国へ出発し、三月が経とうとしていた。
ちっとも和らぐ気配のない暑さの中で、忙しくすることだけが、心配を紛らせる唯一の方法だった。
早馬が知らせてくれた
『僦馬の党の首領捕縛成功』
の一報は帝をはじめ公卿達に安堵と気分の高揚をもたらし、内裏中がお祝いムードに包まれた。
早馬がついたんだから、兄さまがいつ帰ってきてもおかしくない!
一番に会いに来てくれるかしら?
ウキウキと自分勝手な事を考え
ダメダメッ!!
またワガママなことをっ!!
三月もの間、モチロン、兄さまに一切会えず、文も来ず、噂も聞かずで忘れるためには絶好の機会だったハズなのに。
影男さんの好きなところを探してみたり、内裏で見かける公卿の名前を覚えようとしてみたり、茶々に推しの男性貴族の話を聞いてみたり、それなりに恋人探しをしたつもり。
それでも一番気になったのは『どこが兄さまに一番似てるか』というところ。
例えば、くっきりした顎の線が似てる!とか、肌が色白で玉のように透き通ってるところが似てる!とか、話し方が似てる!とか気づくたびにドキッ!として落ち着かなくなった。
で、そーゆー人は一応チェックしたので名前は覚えた。
影男さん?
とは、いい雰囲気になるどころじゃなかった。
二人きりになりそうになると、私はその場をすぐに離れた。
なぜって?
本気で迫られるのがイヤだったのかも。
自分でも分からないけど、影男さんに構ってる余裕がなかった。
頭の片隅ではいつも兄さまの心配をしてたから。
もうすぐ帰ってくるかな?
ソワソワがピークになったころ、影男さんが文を届けてくれた。
開くと
『今夜、酉の刻三つ(18時)陽明門にて待つ 竹丸』
とあった。
竹丸?
兄さまの名前じゃ誰かに怪しまれるのかな?
筆跡も兄さまのじゃない。
でも、竹丸ならきっと・・・そうだよね?!
期待で胸が高鳴り、大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。
やっと帰ってきた!!
やっと会える!!
まだ昼なので夕方までにはたっぷり時間がある!
身支度を整え万全の態勢で逢瀬に臨むっ!!
オォーーーーッッ!!
よくわからない気合の入れ方。
時刻になると、三月前、最後の逢瀬のときのように、陽明門へ小走りで出かけ、門の外で待つ竹丸に手を振りながら近づいた。
竹丸も少し頬がこけ、日に焼けて少し精悍?になったような気がしたけど、
「お帰りっ!!無事で何よりね!ご苦労様でした!」
軽く会釈すると、頭を掻きながら
「いや~~~大変でしたよぉ~~~!死ぬかと思いましたぁ~~。荒くれものの盗賊ですよ!人を殺したことがある奴らですっ!!そんな奴らと喧々諤々で渡り合ったんだからもっと褒めてくれてもいいでしょ・・・・・」
ダラダラと長話が続きそうだったので
「わかった!また今度話を聞くわね!牛車はアレ?じゃね!」
前回のように離れた場所にとまっている網代車に向かって小走りする。
同じ網代車じゃないけど。
後ろから竹丸が
「あっ!姫っ!!言い忘れてましたけど!・・・」
「ハイハイ~~~!また後でね~~!」
手を振りながらサッサと簾を押して牛車の中に入った。
「お帰りなさい~~~~っっ!!」
確認もせず、思わず腕を伸ばして胸に抱き着いた。
ん?
匂いが違う?
抱き心地も違う?
違和感を感じて顔を上げてみる。
頬にかかる後れ毛が揺れ、長い睫毛と真珠の耳飾りを隠し、煩わしそうに顔を揺らしグイッと顎を上げた。
胸にしがみついている私を怪訝な顔で見おろし
「浄見は誰にでも抱きつくのか?それとも大納言と別れたショックで誰でもよくなったのか?」
泉丸に凍り付きそうなほど冷ややかに吐き捨てられた。
は?
えっ??!!
「ええーーーーーーっっ!!ご、ごめんなさいっ!間違えましたっ!!」
真っ赤になって飛び離れた。
「な、なぜあなたがここにいるの?大納言様じゃないの?竹丸がいるってことは兄さまも帰ってきたんでしょ?」
泉丸は芙容のような瞳をキラめかせ口の端で笑った。
「お前たちは別れたんだろ?こんなふうに逢引きを続けてたとはっ!!ハッ!大嘘つきだな!ご正室に伝われば、また何をしでかすか分からないぞ!」
脅すような低い声で呟く。
「まさか・・・やっぱりあなただったの?廉子様をそそのかして『牛車の女子』に仕立て上げたのは!」
泉丸はフフンと鼻で笑い
「そうだよ。大舎人に宮中で『牛車の女子は伊予だった』という噂を広めさせたのも私だ。内裏の女儒に大納言とお前がちゃんと別れたかどうか盗み聞きさせたのも私だ。」
「なぜ?私に恨みでもあるの?それとも兄さまに?」
光りを宿した瞳でギロっと睨みつけ
「夫から無視されているご正室を哀れに思い、大納言が一番嫌がりそうなことを考えて教えてやっただけだ。まさか自害しようとするとは思ってもみなかった。お前に恨み?・・・・恨みか。確かにそうだな、フフフ」
(その12へつづく)