EP261:竹丸と伊予の事件日記「鞍替えの群盗(くらがえのぐんとう)」 その10
*****【竹丸の日記】*****
泉丸がパンパンと手を叩いて再び注目を集め
「では、酒の肴にお話しましょう。今回の計画は八年前、多摩郡郡司を通じて物部氏永の群盗の一味に仲間として加わるところからはじまりました。・・・・・・・」
泉丸の話では物部氏永を信用させるため、実際に官物輸送を襲い、税を強奪したことも二度や三度ではないが、強奪した官物の少なくとも半分は焼失や紛失を装い物部氏永から掠め取って元の正倉へ戻したらしい。
物部氏永に気に入られるためなら恋人のフリもしたそう。
猜疑心の強い、慎重な男だから完全に信用されたと確信するまでに八年もかかったとのこと。
今回朝廷から追捕使軍が派遣されるのを利用し、
『追捕使軍の動向が手に取るように分かるから』
とそそのかし、加わらせた。
物部氏永は无射丸と名乗り多摩郡司の警備の雑色として加わった。
初めの三度の官物輸送で追捕使軍に上手く群盗を捕らえられたと思わせ、四度目は泉丸自らが物部氏永と名乗り捕縛されるという作戦だった。
昨夜、武蔵国府へ忍んできたのは、身代わりになる作戦を遂行することを物部氏永に伝えるためと、若殿に密かにその作戦を打ち明けるためだったらしい。
そのために以前から官物強奪の際、人夫に泉丸の姿を見せ物部氏永の正体だと匂わせたせいで、正体は小柄の美女だったと噂になった。
(本当は痩せているが大柄の美男。本物の物部氏永は小柄な醜男。)
物部氏永は、恋人・泉丸の自己犠牲をせめて見届けねばと悲痛な思いで追捕使軍に参加してたのに、裏切られ、全てを失い獄につながれる羽目になった。
悪事には共感できないが、恋人に裏切られた衝撃には同情する。
以前から多摩郡司とも通じており、秩父郡倉から略奪と放火の応酬も、群盗勢力の弱体を狙った泉丸が企んだことだった。
泉丸の把握する群盗は一網打尽にできたとしても、新たな群盗にはまた一から対策を練らねばならない。
イタチごっこのように際限なく続く戦いだと嘆いていた。
「私に密命を下された、さる高貴なお方はわが国の将来を案じ、東国の騒乱を一刻も早く収めるように命じられた。しかし、ここ、東国には開墾荘園で私腹を肥やし、それだけに飽き足らず、納めるべき正税すら略奪し財を成して、ゆくゆくは兵を組織し、朝廷に反乱を企てようとする不届き者たちがいることを肌で感じた。」
ギロっと睨みつけられた平良兼殿が居心地悪そうにモゾモゾした。
「それらの不届き者たちにいかなる術を用いるべきかの問題は残るが、とりあえず今夜は物部氏永討伐という勝利の美酒に心ゆくまで酔おうではないか!!」
酒でほんのり頬を染め、高らかに言い放つ泉丸は、いつもの優美さに華やかさが倍増し、
『カリスマってこーゆー人のこと?こんな人が帝なら皆命を投げ出しても惜しくないと思うかもねぇ~~~』
白湯を飲もうとしたまま固まって見とれてた。
若殿にボソッと
「白湯が袴にこぼれてるぞ!」
注意されるまでは。
「若殿はいつから泉丸が関わってるって知ってたんですか?」
「御牧を訪れたとき、牧長が貴人が来たと言ってただろう?私が、文を書き残した。あの阿久原牧は宇多上皇の勅旨牧だ。あそこで泉丸は群盗たちの馬を調達したんだ。」
「あぁ!アレですか!その貴人がぁ。」
「それに泉丸は九年ほど前から東国の騒乱を憂いてらした宇多上皇の手足となり奔走してただろ?藤原利仁殿に近づいたり武蔵国へ出かけたり、騎射訓練場を開設したり。新たな商売を次々と始めるのだって銭を集め行動しやすくするためだろう。その頃から今回の下準備を整えていたんだろう。時間をかけて、じっくりと目的を最後まで完璧に成し遂げる!全く大したヤツだ!」
最後は素直に感嘆の声を上げた。
突然、物部氏永のことが頭に浮かんだ。
作戦とは言え、ほんの一時でも泉丸と恋人同士でいられた人。
寂しい、しんみりした気分になり、
「泉丸は好きでもないのに我慢して物部氏永と恋人関係にあったんでしょうか?それとも少しは好きだったんでしょうか?そこまでして群盗を討伐しなければならなかったんでしょうか?恋人だと思ってる人に騙された物部氏永があまりにも気の毒です。はじめは、泉丸みたいな素敵な人を一瞬でも恋人にできたんだから死んでも悔いはないでしょって思ってましたけど、あまりにも好きになりすぎて、自分の一部のように感じていた人に裏切られるなんて、そんなことになるぐらいなら、最初から付き合えないほうがマシですよね。」
若殿は感情が空っぽになったような無表情で、虚空を見つめ
「獲得したときの喜びは一瞬で終わるが、失った悲しみは一生続くのかもしれないな。」
ポツリと呟いた。
(その11へつづく)