EP257:竹丸と伊予の事件日記「鞍替えの群盗(くらがえのぐんとう)」 その6
*****【竹丸の日記】*****
武蔵国府では国介と面会し若殿はしきりに『神火』について質問した。
国介は腕を組みウ~~ンと唸った後、滔々と話し始めた。
「神護景雲三年(七六九)九月、武蔵国入間郡で郡の財政を支える正税などを収めた正倉四棟が火災となり、穀・糒一万斛余りが焼失、百姓二名が死亡、一〇名が重傷という事件が有名ですがね。」
若殿が熱心に身を乗り出した。
「報告によれば、火災後の卜占で郡内の出雲伊波比神が雷神を率いて火災を発したというお告げがあり、調べてみると神社に幣帛を欠くという無礼があったため、神が祟って落雷が生じたとのことですが、本当ですか?」
国介は渋い顔をし少しためらったあと
「まあ、そういう事になっておりますが、それから以降も神火が郡の穀倉を焼く事件は多発しております。」
「国司・郡司らの管理責任を追及し、時には解官・損失補填などの措置をとり、放火犯に対しては一律に格殺(殴り殺しの刑)処分にしたり、身分剥奪など重い罪を科しても一向に無くならないんでしたよね?」
国介はますます苦い汁を口いっぱいに詰め込まれたような表情で
「ええ、そう。そうです。」
若殿は眉を上げ面白そうに
「その原因は郡司や役人が現職の国司や郡司を追い落とすために倉に放火し解任に追い込んだり、税の虚偽納入や官物横領の隠蔽を図るために放火したんでしょう?その都度犯人は見つけ出したんですか?」
「ええ。前任の国司や郡司は犯人を捕らえるか、損失を補填せねばことごとく解任されています。私もいつその憂き目にあうか知れたもんじゃありません。」
ボソリと呟いた。
「最近、神火によって倉が焼かれた郡を教えてもらえますか?」
その書き付けを眺めているうちに若殿があることに気づいた。
指さして
「みてみろ!この時期から多摩郡と秩父郡の郡倉が交互に神火に遭ってる!」
ある時期から多摩郡で神火が起きると、少しの間隔をあけ秩父郡で神火の被害を受けるを繰り返していた。
若殿は
「多摩郡と秩父郡の郡司は解任されたんですか?」
国介は不思議そうに首を横に振り
「いいえ。彼らはよっぽど私有田畑から上がる収入がいいんでしょう。そのたびに損失を私財で補填しているので、朝廷から御咎めがないのです。」
私はアッと気づき若殿に
「順番から言うと次は秩父郡で神火が起きるはずですね?」
若殿はニヤリと笑うと国介に
「五日後に官物輸送を行うことを公示してください。秩父郡からの貢納品を主に輸送する旨をさりげなく付け加えてください。」
国介が慌てて
「えぇっ?そんなに急には貢納品を準備できません!」
「中身は藁でも構いません。俵や葛籠などそれらしいものの見かけだけでいいんです。」
「はい~~」
国介は納得したように頷いた。
若殿は綿丸に文を持たせ、上野国へ向かわせた。
官物輸送の囮を使って群盗を捕まえるために藤原利仁殿たちと平良兼殿たちと无射丸たちを呼び寄せるため。
私も文使いに意気揚々と馬を駆る!つもりはあったけど、
「お前じゃ間に合わんかもしれん」
冷ややかな目で吐き捨てられた。
む~~~~~~っっ!!
でも楽だからいいけど!
「また群盗をおびき寄せる作戦ですね?秩父郡からの貢納品を輸送することを強調するのはどういう意図ですか?」
若殿が簡単だという風に肩をすくめ
「多摩郡と秩父郡 がお互い倉を燃やしあっているということは、抗争を繰り返しているという事だ。そのたびに補填できるということは、郡倉の中身をまず強奪したのち、火をつけ証拠を消し去っているということ。今回は秩父郡が納める官物であるということは、それを狙って仕掛けてくるのは多摩郡の群盗だ。」
「えぇっっ?郡司が群盗なんですか?どちらも地方とはいえ朝廷の役人である官人でしょ?それに群盗の正体がわかってるなら先に捕まえればいいでしょっ!!」
若殿は眉をひそめ
「群盗全員が郡司だとは限らない。郡司と手を組んだ富豪農民だったりその警備の雑色だったり、官牧の管理者だったり私牧の経営者だったりするだろう。」
「じゃあ、あの群盗の馬を育てた牧の牧長と繋がってるんですか?それにしては雑色は自分の牧で飼育した馬だと認めてましたよ?群盗に自分たちの馬が使われてたのに気づいていたなら秘密にするんじゃないですか?」
微笑みながらうなずき
「そうだな。次の官物輸送で何が起こるかを楽しみにしよう」
(その7へつづく)