EP253:竹丸と伊予の事件日記「鞍替えの群盗(くらがえのぐんとう)」 その2
*****【伊予の事件簿】*****
スッと誰かの手が伸び
おでこに無造作に、掌を押し当てられた。
「どうしたんですか?熱でも出ましたか?」
心配そうな三白眼の大きな黒目が覗きこむ。
「ううん!何でもないのっ!」
「文に何と書いてあったんですか?誰から?」
「あっ、ええと、竹丸!戌の刻に陽明門で話がしたいって!行ってくる!」
すぐにも走り出そうとすると、影男さんが袿の袖をギュッと掴んだ。
「まだ酉の刻三つ(18時)ですよ?早すぎます。それに、私も警護のためについていきます。」
まずいっ!!
皆には別れたことになってるしっ!!
「護衛はいいわ!だって大内裏の中を通るだけだし、相手は竹丸だし!危険は無いもの!」
薄目の疑い深い目つきで
「そう言って今まで何度危険な目に遭いました?まさか、まだ大納言と続いてるんじゃないでしょうね?」
「違うっ!!別れたって言ったでしょっ!もう会わないし!大納言邸にも帰らないしっ!!」
仕方なく陽明門まで影男さんを引き連れていくと、門の外に本当に竹丸が待ってて、私に気づき、手をヒラヒラ振った。
影男さんを見返すように威張って
「ほらぁ~~!ねっ?竹丸からの文だって言ったでしょ?行ってくるわねっ!」
急いで竹丸のところまで走った。
息を切らしキョロキョロし
「竹丸・・・だけ?」
竹丸はニヤケた薄笑いで通りを指さし
「あの牛車です。中で待ってるそうです。私はここから見張ってますので行ってください。」
十六間(29m)ぐらい離れた場所に網代車が止めてある。
思わず小走りになり、牛車の後ろに近づいた。
注意深く足元を気にしながら、一歩ずつ棧を登り、入り口の御簾を押して中に入った。
懐かしい、香しい薫物と、血が逆流しそうなほど興奮を覚える体臭の混ざった匂いが車箱の空間に満ちている。
ドキンッ!
一瞬でカッと体温が上がり、自分の匂いが強く漂った気がした。
最後の逢瀬から、まだ一週間も経っていないのに
こんなにも、この人を欲している。
無意識に手を伸ばし
胸に抱きつきそうになる。
ハッ!として
ダメっ!
見つめ合うだけの関係になろうって
決めたんだった!
慌てて手を引っ込めた。
兄さまの前に正座し、俯いて
話しかけられるのを待った。
低くて硬い、身体の奥に響くような声で
「すぐに帰らなくちゃいけない。話だけでもと思って。三日後に東国へ出発する。『僦馬の党』の首領を捕まえてくる。それまでは帰ってこれない。早くても三月はかかると思う。」
口早に呟いた。
すぐに顔を上げると、筆で引いたような美しい薄墨色の目元に不安と決意が滲んでいるのが見えた。
「なぜ?兄さまが行く必要ないでしょ?」
酷薄そうな薄い唇がためらいながら動く。
「私の手で首領を捕まえたい。東国の治安を少しでも安定させ、朝廷の不安を取り除きたい。ジッとしていられない、出来る事なら何でもしたいんだ。」
「逃げ出したいの?私から?廉子様から?」
嫌味のつもりじゃなく、素直な気持ちから出た言葉だったのに、兄さまは動揺したように目を瞬かせ
「違う!いや、それもあるが、東国の騒乱にこの手で決着をつけたいんだ。
浄見は、浄見こそ、忘れたいんだろう?私を?なら・・・・ちょうどいいじゃないか。」
ボソリと呟いた。
ウンと頷き、目に溜まった涙がこぼれ落ちないように素早く兄さまから顔を背け
「じゃあ、私はこれで失礼します。お気をつけてお出かけください!」
腰を浮かせ、御簾を押して牛車から出ようとした。
グッ!
手首を掴まれ引き留められた。
掴まれた部分が激しく脈打つ。
膝立ちしたまま動きを止め、顔をそむけたまま
「放してください。もう、・・・」
続きを言えないまま、引っ張られ、横向きに兄さまの胸に落ちた。
頭が胸に強くあたった。
「ごめんなさいっ!痛いでしょっ!」
急いで体を起こそうとすると、そのままギュッと抱きしめられた。
「もし私が盗賊に殺されたりしたら、浄見は後悔する?別れたことを?」
かすれ声で呟いた。
体を起こし、目を見つめ、唇に息がかかる距離で
「後悔するわ!兄さまと結ばれなかったことを!」
兄さまがグッと顔を寄せ、唇と唇が触れ合いそうなところでとまり
「これは、見つめ合うだけ?かな?」
目を閉じ、ウンと頷くと、しっとりとした薄い唇が口を覆い、熱い舌が中に入った。
身体の奥が疼き、熱を持ち、滲んで、
快感が、喜びが、溢れた。
(その3へつづく)