EP245:伊予の事件簿「虎斑竹の花(とらふだけのはな)」 その2
う~~~ん。
何て言おう?
『牛車の女子』が廉子様だったってことは言わないほうがいいよね?
「うん。それで、もう、大納言様とは、いいかなって。」
影男さんの三白眼の黒目が大きくなり、眉が上がり、明らかに驚いた表情で
「本当に別れたんですか?なぜ?大納言は了承してるんですか?それともあなたのなかで一方的に嫌になったんですか?」
嫌になった?
まぁ、そうかな・・・・
ついモゴモゴしてしまい
「ええと、嫌とかじゃなく、他に、もっと夢中になれる人がいないかなぁ~~~って。恋人や妻のいない人で。」
影男さんがムッとし
「あなたの周りには『いい男』がいないとでも?」
上目遣いで首を傾げ
「影男さんが『イイ男』だって言いたいの?」
真っ赤になって照れながら
「いいえっ!!そんなっ!!そんなこと言ってませんっ!!もういいですっ!文を渡してきますっ!!」
手からもぎ取って慌てて立ち去った。
次の日、帝のお伴で兄さまが廊下を渡ってくるのがちらっと見えたので椛更衣に
「ええと、桐壺にお使いに行ってきますわ!!先日お借りした琴の教本をお返ししに行きますわねっっ!」
「あぁ!伊予っ!それはまだ使ってるのよっ!!」
背中に椛更衣の声を聞きながら、慌てて教本を掴んで渡ってくる兄さまたちと別の廊下に飛び出し、小走りで逃げ出した。
桐壺に渡ると、茶々を呼び出し
「ちょっとここで時間をつぶしてもいい?雷鳴壺から大納言様がいなくなるまで」
茶々が面長でほっそりとした顔に扁桃形の生気のある目を細め、快活そうに口角を上げ
「何ぃ~~~?何の遊び?宮中で出会わないようにして、夜の逢瀬を盛り上げるとかぁ~~?」
変な勘繰りが甚だしい!!
そういえば、『牛車の女子』騒ぎで大納言は公式には伊予と別れたことになってたよね?
盗み聞きってだれの間者だったの?
泉丸かな?
でもそれを利用させてもらおう!
「違うの!『牛車の女子』を私だと思った大納言様が別れたいって!行きずりの男と次々寝るような女は願い下げだって!」
茶々が眉をひそめ怒り心頭の顔つきで
「何て男なのっ!!伊予っ!ちゃんと違うって言ったんでしょっ!それなのにアバズレ扱いしたのっ?!!あなたを信じなかったの??!!そんな男だとは思わなかった!別れて正解よっっ!!」
湯気が出そうなほど怒ってくれた。
・・・まぁ、それは、嘘なんだけど。
心苦しい。
「もう忘れなさいっっ!!終わったことはっ!!新しい人を探しましょっ!!そうそう!聞いてぇ~~~~!この前、東市でぇ、ナンパされたんだけど、これがイケメンだったのぉ~~~!桐壺の女房をしてるって言ったら、住所と名前を教えてくれてぇ、オレも文をだすから、君も出してくれって言われたのぉ~~!」
私の手を握りしめブンブン振りながら頬を赤らめてまくしたてた。
「身元が分かってるならちゃんとした人ね?誰?」
「淡竹という貴族で、擬文章生(大学寮で詩文や歴史を学び、寮試に及第した者を指す)で身分はまだちょっと物足りないけど、とにかく背が高くて顔がイケメンなの!!身なりもお洒落で高そうな狩衣だったわぁ~~~!学生なのになぜあんないいモノを身につけられるのかしら?と思うぐらい!」
「で、恋文は?出したの?きたの?まさか、もう通わせてる!なんてことはないわよねっ!!」
ひゃ~~~!!
テンションが上がりすぎるっっ!!
「やぁだ~~~~!それはさすがにまだないってぇ~~!内裏には入ってこれないわよ~~!!」
私の肩をバンバン叩く力が強い。
急に真顔になり口に指を当てふと考えこみ
「でも、文を二三回やり取りしただけで、今度の里帰りのときには夜逢いに行くって言ってたのよ!早くない?こんなもんなの?」
つられて口に指を当て考え込む。
「う~~~ん。私もわからないけど、二人の親密度が充分ならおかしくない気もする。けど、グイグイ来られすぎても怖いわねぇ~~!茶々が嫌なら断ればいいじゃない?!」
茶々が腕を組んで真剣に考えこみ
「せっかくの機会を!逃したくはないわ!でもぉ、ねぇ!彼の評判を確かめる方法はない?大納言様に訊いてみてくれない?」
ちょっとイラっとしたけど
「そうね!竹丸に聞いてみる!顔が広いから!影男さんにも聞いてみるわ!」
目を丸くして
「竹丸って大納言様の従者の?大納言様じゃなく?」
ニッコリと口だけで笑いながら
「だから、大納言様とは別れたからっ!!ね?」
茶々がひきつった愛想笑いを浮かべ
「あぁ!ゴメンナサイ!そうね、じゃあ誰でもいいから、淡竹さんがどんな人かを訊いてみてねっ!!私も調べるけど。」
次の日、さっそく椛更衣に里帰りのお許しをお願いして大納言邸に帰った。
モチロン兄さまには知らせず。
多分、廉子様のために毎日、堀河邸に帰ってるはず。
竹丸に会いに来てくれるように文を出して自分の対の屋で待つ。
「姫~~~!話って何ですかぁ~?」
(その3へつづく)