EP242:伊予の事件簿「糸毛車の女(いとげぐるまのおんな)」 その6
中に入った途端、上機嫌でニコニコし
「兄上は今夜は来ないのか?あの噂で喧嘩したのか?もしかして別れたとか?」
「ええ。そうなの。」
そーゆーことになってたから
意気消沈のフリ。
グッ!
私の手を握り顔を寄せ
「兄上と違って私は噂など信じない!伊予がそんなことをする女子だとは思えないっ!だから安心してくれっ!」
ハイハイ。
瞳がキラキラして活き活きとしてる。
そのまま顔をよせ口づけしようとするので
「待って!」
唇を手で押さえた。
えぇ~~~っとぉ、どうやって逃れよう?
グルグル考えながら
「あの、私、実は、結婚するまでそういうことはしないつもりなの。」
眉をひそめ
「口づけも?この前したじゃないか!」
あれは不意打ちでしょっ??!!
こっちがぼんやりしてるスキに勝手にしたんでしょっ!!
イラっとしながら
「あれは、もののはずみでしょ?私が嫌がることをしないというなら我慢してください。」
忠平様が苛立ち口早に
「じゃあ、これから三日間通って、三日後に露顕をしよう!晴れて結婚すればいい!」
ヤバッ!!
嘘でしょっ!!
「あのっ!まだ結婚する気分じゃないのっ!!もうちょっと独身でいたいってゆーかっ!!」
忠平様は明らかに肩を落としガックリした顔で黙り込んだ。
「じゃあ今日はもうお帰りになる?」
ソレが目的ならさっさと帰りたいでしょう?
って気を使ったつもりなのに
忠平様はプッと頬を膨らませたように見える可愛らしい拗ね方で
「イヤだ!帰らない!今夜は伊予と過ごす!双六でも貝合わせでもいいからしよう!」
双六や貝合わせをしながら、忠平様は赴任先の備後国で起きた面白い話やハラハラするような体験をたくさん話してくれた。
この前の温羅の子孫を名乗る山賊に誘拐されたとき、どうやって山賊を説得したかとか。
その後の『たたら炉』製造の進捗状況とか、作り方とか鉄鉱石の見分け方とか。
話題が豊富で偏った知識を好きな人にはウケそうだけど、普通の女子にはついていけなさそう。
双六の勝敗に一喜一憂するような子供っぽさも見せたり、兄さま似の美男子な風貌と豊富な知識、有り余るほどの行動力、荒くれ者にひるまない勇気と男らしさ。
客観的に評価すると兄さまよりいい男?な気もするけど、やっぱりさほど惹かれない。
なぜ?
まぁ恋愛は考えてどうにかなるものでもないし。
はやく忠平様の美点を高く評価してくれる女子に乗り換えてくれるといいな。
他の女子が計算ずくで好きになったとしても、私と無駄に過ごすよりは忠平様にとって有意義。
忠平様の無邪気な笑顔を見てると
『はやく兄さまに会いたいなぁ~~~』
と恋しくなった。
もう『牛車の女子』を捕まえた?
本人が企んだの?
私とは全く無関係?
それとも裏で糸を引く誰かの仕業?
夜が明けそうなころ『帰る』と言ってくれて正直ホッとした。
やっと眠れる~~~!!
遣戸を開けて見送る。
フッと寂しそうに笑い
「伊予、知ってると思うが、お前のことが好きだ。」
不意打ちの告白に
胸がギュッと苦しくなった。
答えてあげられない
罪悪感?
申し訳ない気持ち?
『こんな私でよければ』
ってつい言いたくなる。
ダメダメっ!!
思い直して笑顔を返す。
「ありがとうございます。でも、私はまだ兄さまが好きです。」
「あぁ。そうだな。じゃぁまた来る。文を送るよ。」
歩いていく背中が寂しそうで『少し』愛おしくなった。
私ってちょっと心が動くと何かしてあげたくなるのね?
単純?
母性本能?
同情?
でもそれは恋愛じゃない。
多分。
(その7へつづく)