EP241:伊予の事件簿「糸毛車の女(いとげぐるまのおんな)」 その5
私は遣戸の向こうに向かって
「あのぉ、どなた?」
「私だ。泉丸だ」
「中にはお入れできませんけど、遣戸は開けます。そこでお話してください。」
「わかった。」
遣戸を開け、廊下に立っている泉丸と向かい合った。
夜に見ると艶めかしさが際立ち、ますます女性と見紛う優美な顔立ちと揺れる真っ直ぐな艶々とした後れ毛の束と金と真珠の耳飾りの煌めきが人間離れした美しさだった。
月が霞む柔らかな薄闇のなかでその麗人が微かにほほ笑む。
それだけで可憐な妖精たちが住む世界に迷い込んだような錯覚を引き起こした。
対の屋の中を探るように目だけで見まわし
「大納言はいないんだね?喧嘩でもしたの?」
あっ!!
別れたフリしなくちゃ!
泣きそうな表情を作り
「ええ。もう、あの人とはお別れしました。変な噂のせいで、誤解されてしまったの。」
目を丸くし驚いたように
「そんなに簡単に?!もっと二人の絆は強いと思ってたんだけどなぁ。」
肩をすくめ
「まぁね、それだけじゃなく、色々あったんです。結局あの人には妻が二人もいるし、恋人もたくさんいるし、私にはついていけなかったの。」
泉丸が怪訝な顔で
「浄見と平次どのは長い付き合いだろ?そんな些細な事は乗り越えたんじゃなかったのか?」
ハッ!そうだった!
この人なぜか私たちの過去を知ってるのよねぇ~~~。
取り繕うように袖で目を押さえ
「でも、やっぱり、あの人は廉子様を一番愛してらっしゃるの。それに気づいたからお互い別れた方がいいという事になったの。」
鼻声で言ってみたけどうまくいってる?
泉丸は横目で見てまだ疑うように
「ふ~~~ん。でもまぁ、別れても元気そうだし慰める必要なかったのかもな。」
ちょっと驚き
「慰めに来てくれたの?」
口角を上げ、ニッコリと微笑みウンと頷いた。
美男子慣れしてない女性または竹丸ならイチコロで心を撃ち抜かれそうな笑顔に見とれつつ
「ありがとう!ございます。」
騙してる罪悪感から真っ直ぐ目を見れず思わず上目遣いになる。
「じゃな!」
踵を返して帰ろうとした廊下の先に
「あっ!!お前は誰だっ!!伊予の対の屋で何してるっ!!」
泉丸めがけてドスドスと早足で近づいてくる忠平様の姿があった。
胸ぐらをつかみそうなぐらい近くにくると顔を見てハッと何かに気づき
「失礼しました。香泉様!」
堅苦しく一歩下がって頭を下げた。
「上皇侍従か?お前も伊予の恋人の一人か?」
鼻で笑うように言い捨てた。
頭を下げたまま
「はい。まさかあなたも?」
言った後、焦ったように素早く顔を上げ泉丸をジッと見つめた。
泉丸は手をヒラヒラ振って
「いいや!違うよ!ここへは変な噂を聞いて伊予が落ち込んでるかもしれないから慰めにきただけだ!」
忠平様は不思議そうに首を捻り
「・・・はぁ。ですから、伊予とはどういう関係であられるのですか?」
「まぁ、ええと、そんなに気にすることは無い。恋敵になるつもりはないよ。伊予は十分魅力的だけどね。」
平然と言い、ポンと忠平様の肩を叩いて立ち去った。
そうだ!
忠平様と恋人『ごっこ』してたんだった!
里帰りを知らせてくれって言われてたのに無視しちゃった!
文の返歌も返してないし!!
急にいろいろと思い出し、ちょっと罪悪感から慌てて
「ご、ごめんなさい!里帰りのこと知らせなくて!」
忠平様は不機嫌に口をとがらせ
「思い出してくれたならいいよ。じゃぁっ」
当然という風に対の屋の中に入ろうとするので
「ちょっ!!ちょっと待って!今日は疲れてるから一人で寝たいの!」
兄さまに似た目つきでジロッと睨み付け
「何もしない。伊予が嫌がることは絶対にしないから入れてくれ。」
はぁ~~~。
本当?
じゃあ仕方ないかぁ~~。
ため息をつきながら
「どうぞ」
(その6へつづく)