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Ep24:番外編 右大将物語 ④賭弓の節

<Ep24:番外編 右大将物語(うだいしょうものがたり)賭弓(のりゆみ)(せち)

正月18日に、宮廷で左右の近衛府(このえふ)・兵衛府の舎人(とねり)が行う射技「賭弓(のりゆみ)の儀」があった。

天皇が弓場殿(ゆばどの)に出御して観覧し、勝者には賭物(のりもの)を賜い、敗者には罰杯を課した。

時平は右近衛大将なので射ることはなく、上卿(行事の責任者となる公卿)の座で眼前の射技を見ていなければならなかった。

時平があくびをかみ殺していると校書殿(きょうしょでん)を覆った垂れ幕から視線を感じた。

そちらに目をやると、おのずと大宋屏風(たいそうのびょうぶ)の向こうの宇多帝の方向を見ることになった。

垂れ幕が揺れていて、校書殿の中に誰かが隠れた気配があった。

時平はこの大勢の武官の中でまさか刺客ではあるまいと思ったが、一応席を立って様子を見に行くことにした。

射技の邪魔にならないよう廊下を通って校書殿、月花門(げっかもん)まで来たが、怪しいものは見当たらなかった。


競技は進んで、最後の競射を残すのみとなり右が4勝、左が5勝で負けていたので、時平は部下に発破を掛けるべく饗饌(きょうせん)(もてなす膳)をとる右近衛府の武官達の元を訪れた。

すると、後ろの紫宸殿(ししんでん)の中から、何者かがこちらをうかがう様子に気づいた。

時平は気づいていないふりをして、紫宸殿に入り、几帳の後ろを確認すると、(わらわ)姿の人影が宣陽殿(せんようでん)にわたる廊下をかけていった。

時平はあきらめて戻るふりをして几帳に身を隠した。

さっき逃げた童がこっそり戻ってきて時平の隠れる几帳の前を通り過ぎようとした時、

「お前は誰だ!」

と時平が童の前に飛び出した。

童は素早くしゃがみ込み両手をついて頭を下げ

「私はある方の侍従でございます。」

というと、時平は

「なぜ、私を見張っている」

と聞いた。童が震えながら、途切れ途切れに

「その・・・右大将様の身を案じておりました。」

と言った。時平が

「なぜ?誰の指図で?」

と聞くと、童は口ごもり

「あの・・・帝の・・・」

と言った。帝が童に自分を守らせるのは少しおかしいと感じ、

「私を狙う刺客がおるとでもいうのか?」

童は、少し考えながら、

「はっきりとは・・・その・・・」

ともごもごしていた。時平はますます怪しみ、

「お前、顔を上げろ。」

というと、童は少しためらっていたが、意を決したようにさっと顔を上げた。

一目見ると時平はその顔の美しさに心を奪われた。

目を離せなくなり、身動きできなくなった。

鼓動が速くなった。

童はしめたとばかりに、素早く立ち上がって逃げだした。

駆けていく後ろ姿を見守りながら時平は

『幼女の次は少年とは、つくづく私は外道だな』

と自嘲した。


座に戻ろうとすると、庭にいる武官の一人が集団から離れてさきほどの童に向けて矢を引き絞っていた。

時平はとっさに童と射手の間に走りこんだ。

矢が射手を離れ時平の肩を射た。

時平は倒れこむと同時に

「刺客だ!捕まえろ!」

と叫んだ。

射技の出番を待っていた左右の近衛府と兵衛府の武官たちがすばやく駆け寄り刺客を取り押さえた。

時平の肩には矢先が一寸ほど食い込んでいた。


安福殿の一角に寝床をしつらえられ几帳を立てられ、薬師の手当てを受けていると、几帳の向こうから声が聞こえた。

「右大将、大事ないか」

宇多帝の声だった。時平は、

「主上、刺客は私ではなく童を狙っておりました。なぜです?あれは主上が私を案じてつけた見張りでしょう?」

と言った。宇多帝は

「そ・・そうじゃ。だが、なぜあのものを狙ったのかはわからん」

と口を濁した。

時平は何かあると思ったが、矢傷が痛みだし熱を持ったので、今は眠ることにした。


 その夜、矢傷が化膿したことからくる高熱で時平は意識がもうろうとしだした。

几帳の向こうで

「私のせいで・・・兄さまが!兄さまが死んでしまう!父さま!お願いですから会わせてください!」

「ならん。今はそなたのこともわからんだろう。それに安静にせねば命が危ない。」

という声と、うっうっという嗚咽が聞こえた。

時平は熱にうなされながら『そこに浄見がいるなら、死ぬ前に一目会いたい。』と思った。

『どうせ死ぬなら思いを打ち明けて死にたい』と思った。


しばらくうなされていたが、少し楽になってのどが渇いたので身を起こして、かすれた声で

「み、水を下され」

というと、几帳の向こうから

「兄さま!水ですね、少し待ってください」

という声がして、しばらくすると、さきほどの童が水を持ってきた。

時平は水を飲み『浄見がいたと思ったのに、気のせいか?』とぼんやりと考えながら、

「お前はさきほどの童だな?・・・そこに少女がいなかったか?」

ととぎれとぎれに言うと、童は

「さっきまでそこにおられましたが、水を私にあずけて立ち去られました。」

と言った。時平は残念だと思ったが、これも運命かと諦めた。

童が

「私が右大将を看病してもよろしいですか?」

というので、

「ああ、頼む。ありがとう」

と言った。

童は時平の汗を布で拭きとったり、衣を着替えさせたりと甲斐甲斐しく看病した。

薬師が傷に巻いた包帯を取り替える際に薬を塗る手伝いをしたり、煎じ薬を運んできて飲ませたりした。

このころには、熱も微熱に下がり、時平は頭がすっきりしてきた。

身の回りの世話をしてくれる童の姿は、時平の目を引き、時平は見れば見るほど『美しい』と感じた。

今まで浄見を除いて、時平がこんなにも心惹かれる人に出会ったことがなかった。

時平はぜひ自分の侍従にしたいと思った。

唯一、少年であることが惜しまれたが。

時平は

「お前の(あるじ)は帝なのだね?」

と聞くと、童は少し怯えて

「そ、そうでございます」

「帝がいいと言えば私に仕えるかい?」

というと、童は嬉しそうに顔を輝かせ

「もちろん!喜んでお仕えいたしますっ!」

と言った。時平は

「名は何という?」

というと、童は少し考えて

「清丸でございます。」

と言った。

これくらい美しい従者なら、帝もさぞ気に入っているだろうことは想像がついたが、時平はできる限りのことをして清丸を手に入れようと思った。


時平が、また少し眠って目覚めると、誰かに頬を触られている感触があった。

目を開けると清丸が慌てて手をひっこめ

「ご、ご無礼いたしました!お許しください!」

と恐縮していた。

時平はなぜかそんなに腹も立たず、戯れに清丸の手を引っ張り、清丸を胸に抱き寄せ

「お前は男色(なんしょく)家なのか?私が相手をしてあげようか?」

と耳元でささやいた。

清丸がびっくりして身を引こうともがくと、時平は手をはなして、

「ははは!冗談だよ。私は女性が好きなのだよ」

と言ったが、それほど悪くもないなと思った。

清丸は真っ赤になって

「失礼します!」

と言って逃げ出した。

時平は、清丸を抱いた時に何とも言えない心地よさを感じ、手放したくないと思った。

清丸なら男でも・・・と思い、『これ以上不道徳な事を考えるな』と自戒した。


時平は全快した後、帝に清丸のことを聞いても

「そんな従者はおらん」

といわれたきりだった。

夢に清丸がでてくるようになった。

なぜか清丸の衣を脱がすと少女の体があって、清丸の顔は幼い浄見と混ざり合った。

清丸の顔をした浄見が時平の頬にふれた手を、時平がつかんで口づけた。

浄見はうっとりとされるがままにしていた。

時平が

「私は浄見が好きなのだよ」

というと、浄見は

「私は、兄さまに喜んでお仕えいたします」

と言った。


時平は目を覚ますとすべてを理解していた。

熱にうなされているとき、几帳の向こうから聞こえた会話を思い出した。

「私のせいで・・・兄さまが!兄さまが死んでしまう!」

と浄見が言っていたということは、刺客は童姿の『浄見』を狙っていたに違いない。

刺客を取り調べると、皇太后とのつながりが出てくるだろう。

清丸に心惹かれるのもあたりまえで、清丸は童姿に変装した浄見だったのだ。

もう何年も浄見にはあっていないから、すぐに見分けられなくても仕方がなかった。

おそらく、時平が矢で射られる夢をみて、守るために宮中に来たのに、逆に自分が狙われ、それをかばった時平が射られたのだ。

浄見の予言は的中したが、それは皮肉にも浄見が宮中にいることによって起きた事件だった。

時平は浄見の泣いている声を思い出し、

『浄見は自分のせいで私が怪我をしたと思ったに違いない。看病を申し出たのもそのためか。』

と思った。

時平は浄見が射られるくらいなら自分が射られてよかったと思った。

清丸の姿を成長した浄見として思い出しあらためて愛しいと思った。

胸に抱いた時に気づくべきだったと。

そのまま連れて帰ればよかったと後悔した。

時平は今後、再び浄見に会った時、

平然としていられる自信がなくなった。

藤原時平が右近衛大将で中納言(検非違使別当・左衛門督・春宮大夫を兼任)だった893年~896年(時平22歳~25歳、浄見10歳~13歳)までの出来事を「右大将物語」として番外編を書きます。<Ep8:白玉か露か>のはじめの方です。

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