EP237:伊予の事件簿「糸毛車の女(いとげぐるまのおんな)」 その1
【あらすじ:夜な夜な牛車で洛中に出て、行きずりの男性に声をかけ一夜の関係を結ぶ。そんな噂が私の身に降りかかった。一体誰が何のためにそんなことをしているの?『尻軽浮気女』はいいとしてもそこまで開き直ることはできない私は今日も即決して凹む!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
いつ果てるともなく降り続いた五月雨が上がり、待ってましたとばかりに太陽が出て、強い日差しが容赦なく肌を刺す。
そんなある日、内侍司に礼式のことで聞きたいことがあったので内侍所のある温明殿へ渡っていると、文官の束帯を身につけた公卿と思われる男性とすれ違った。
その男性がピタリと立ち止まり、私の顔をジロジロ見て
「あなたでしたか。先日はどうも。ちょうどまたお相手願いたいと思っていました!宮中で出会うとは何たる偶然!」
上半身を寄せ扇で口を隠しながら囁く。
その親しげな仕草にギョッとして思わず身を引き
「は、はい?何のことでしょう?」
「とぼけるおつもりですか?はっはっはっ!あの時はどこの誰だか知りませんでしたが、あなたが宮中の女房だと分かった今、再びの逢瀬も可能ということですな!文を送ります。どこにお勤めの名は何と言うのですか?」
はぁ?
何?何のこと?
チンプンカンプン。
名乗って大丈夫なの?
悩んだ挙句
「あのぉ、お人違いをなさってますわ。あなたと会ったことはございません。ですから名を名乗る必要もないと思いますの」
下卑たニヤけ笑いで
「またまたぁ。一夜を共にした私たちの間で隠し事は無用です。今さら照れずともよいではありませんか!せめて名だけでも教えてください。」
新手のナンパ?
マジでウザいっ!!!
「本当にあなたのことは知りませんっっ!」
叫んだあと、逃げるようにして顔を扇で隠し温明殿に向って駆けだした。
過去に何か関係があったみたいに馴れ馴れしい!
『一夜を共にした』ですって?
何を勘違いしてるのかしら?
それから数日後、今度は大内裏の典薬寮へ薬を取りに行く途中、顔見知りの大舎人が数人の官人たちと立ち話をしてるのを見かけた。
挨拶程度にペコリと会釈して通り過ぎると、
「あぁ、そうだよ!あれが伊予だ!雷鳴壺の女房!」
「へぇ~~~!人は見かけによらないなぁ」
「まだ子供みたいな顔してるのになぁ!裏でそんなことしてるのかぁ」
「オレも今度行ってみよう!どこだって?いつ行けばいいんだ?」
ヒソヒソ話す。
何よ!!
一体何のこと?
私が裏で何をしてるっていうのっっ?!
勘違いされるようなこと、どこかで何かしたっけ?
思い出そうとしてもひとつも浮かばない。
桐壺からお使いで茶々が渡ってきたので捕まえて私の房に引っ張りこんだ。
「伊予っ?慌ててどうしたの?」
茶々は面長でほっそりとした顔に扁桃形の生気のある目をパチクリさせた。
「ねぇ、私が裏で何かしてるっていう噂聞いたことがある?」
単刀直入に訊くと、目瞬きが早く多くなり、微笑んで口角の上がった大きな口の端がピクピクした。
「何か知ってるの?どーゆー噂?教えてちょうだいっっ!!」
茶々の肩をグイッと両手でつかみ目を逸らされないようジッと見つめた。
「ええっとぉ、私も誰が言い始めたのかは知らないんだけどぉ・・・・」
モゴモゴ言うので焦れったくなり肩をブンブン揺すり
「いいから話してっ!!」
「怒らないでね、私が聞いた噂では、伊予がね、大納言邸に里帰りしたときはそのぉ、牛車でどこかの小路に乗りつけ、そこでぇ、そのぉ~~~~」
「何?」
「見目麗しい公達を見かけると、牛飼童が声をかけ、車に引っ張り込んでいるらしいって聞いたわ!」
信じられない話に思わず目を丸くし
「引っ張りこんでどうするの?」
茶々が真っ赤になりしどろもどろに
「だからぁ、そのぉ~~~、一夜を共に過ごすらしいわね?つまり、そこで、ナニするんでしょ?」
はぁっっっっ?????!!!!!
あまりのことにビックリしすぎて声もでず、アングリと口を開いてパクパクした。
(その2へつづく)